第64話


<Chapter.21−1 翼をください>


〜田中れいな〜

物心ついたときからそこにあったのは高い壁と四角い空。
そこにはすべてのものが揃っていた。なんの不自由もなかった。
親に捨てられた……あるいは親を亡くした子供たちの『避難場所』。
『孤児院』という名の『箱庭』。
あるいは自由を求める鳥たちを閉じこめる『バード・ケイジ』。


「れーな! 朝だよ! 起きて〜!!」
「んっ……?」

やかましい声に起こされて目を開けると視界一面に絵里の顔が広がる。
目をごしごしこすってみてもそれは変わらない。

これも物心ついたときから当たり前のようにあったもの。
あたしより一つ上の亀井絵里。つってもそんなふうには全然見えないんだけど……。
絵里は同じ孤児院の中で一番仲のいい友達。


「ほら〜、起きて〜! いいお天気だよ〜!!」
「……起こして……」
「……もうっ」

あたしが伸ばした手をギューッと引っぱってくれる絵里だけど、ちょっと力が強すぎて……
起きあがったあたしだけど、今度は絵里の方に倒れ込んでしまった。

「キャッ! れーな、ちゃんと起きてよー!」
「あっ、ごめん……」

あたしの下で潰れてる絵里がもがきながら呻く。
あたしも一応謝るけど起きる気は毛頭なくて……
だってなんか温かくて気持ちいいんやもん。

「あったか〜い。もう一回寝る……」
「だ、ダメッ!!」

絵里を抱き枕代わりにしてもう一回寝ようとしたけど、そしたら絵里に突き飛ばされた。
なんだよ、そこまですることないじゃん……。

顔を洗って着替えたら、食堂でみんなして朝食をとる。
そしたらあとはお勉強の時間。感情があるのかどうかすらわからない、無機質な先生の
つまらない授業。
勉強して……遊んで……ご飯食べて……夜が来たらまた寝る……。
そのくり返しの毎日。

絵里も含め、他のみんなはこの何ら不自由ない暮らしに疑問を感じずに生活している。
でもあたしはこの生活が物足りなかった。
確かに必要なものはすべて揃っている。ここにいれば何不自由なく暮らしていけるだろう。
でも……それだけだ……。生きてる感じがしない。
このことを絵里に話したら「れーなの言ってることは難しくてよくわからないよ〜」と言われた。
一個年上なんだったら理解しやがれ!


あたしは時々授業をサボり、裏庭に寝っ転がって空を見上げていた。
最初のころは先生が怒りに来てたけど、もう最近はそれもなくなった。
外れ者一人に費やす気も時間もないってことらしい。

石の塀で囲まれた四角い空。
この空は……本当はどこまでも果てしなく続いてるんだろう……。
見上げるたびに強くなる……外の世界への憧れ、期待、羨望……。

でもあたしには外に出るだけの力がなかった。
いろいろと試してはみたけど、今ここにいるのがその結果。
力が欲しい……。
いつからかそう思うようになった。


でも、その願いは、ある日突然意外な形で叶った。



◇     ◇     ◇



ある日、いつものように裏庭で授業をサボって空を見上げていると、日光が急にさえぎられた。
青い空のかわりに、絵里の顔が視界に割って入ってくる。

「あれっ? 絵里? 珍しいね、絵里がサボりなんて」

「珍しいね」なんて言ってはみたものの、あたしの記憶では初めてのことだ。
ていうか絵里に限らず、あたし以外にサボっている子なんて見たことないけど。


「うん……ちょっとれーなに見て欲しいことがあるの……」

絵里はちょっとうつむき加減であたしの横に腰を下ろした。

「なん? 見て欲しいことって?」
「ちょっと待ってて……」

あたしが起きあがると、絵里は自分の手を胸の前で向かい合わせて、なにやら
ブツブツと唱え始めた。
なんだよ、変なやつだなぁ……。まぁ今に限ったことじゃないけど。
もしかして妖精さんでも見えるわけ? でもそんなもん紹介されてもあたしは挨拶できなかよ?
でもそんな考えはすぐにかき消された。

「えいっ!」

急にあたりが明るく、そして温かくなった。
驚いて絵里のほうを見ると、絵里の手のあいだに炎が浮かんでいた。
あたしの目は一瞬にしてその炎に釘付けになった。


「な、なにこれっ!!?」
「しーっ!」

絵里に注意されて、慌てて自分の手で口を塞ぐ。
それでも目は揺らめく炎に焦点を合わせたまま。

「んー、まほーって言うのかな? 先生が忘れてった本こっそり読んだらそんなことが
書いてあって、ちょっとやってみたらできちゃったの……。こんなこと相談できるのって
れーなしかいなくて……」

おそらく絵里には魔法の才能があったんだろう。
でもあたしは絵里の才能が目覚めたことより、もっと別のことで喜んでいた。
魔法でどんなことができるかなんてわからない。でもそれでもあたしは確信していた。


これで外へ出れる、と。



◇     ◇     ◇



  ドオォォォン!!

闇夜の静寂を爆音が引き裂いた。
土煙の向こう、ポッカリと石の壁にあいた『穴』。
それは夢にまで見た外の世界への『扉』。


「絵里、行こうっ!!」
「う、うんっ……でも……」
「大丈夫! 絵里のことはれいなが守ってあげるから!」
「……うんっ、わかった!!」

絵里の手を取って走り出す。
希望を胸に穴をぬけた。
当然ながら騒ぎを聞きつけた孤児院の職員やら、先生やらが追っかけてきている。
とりあえずは脇目もふらずに目の前にあった森の中に逃げ込んだ。


「ハァ、ハァ……」

少しの距離なのにもう息が切れてる。
そのまま絵里と一緒に地面に寝っ転がる。
見たかった、外の世界の空はまだ森の木々が邪魔をして見れない。
でももう少しすれば……先生たちが引き上げるまでここに隠れていれば……

「でも……大丈夫かなぁ? 絵里、外で暮らしてたときのことなんて覚えてないよ?」
「へーき、へーき! たいしてかわらんよ!」
『グルルルルッ……』

? なん? 絵里の返事じゃなかよね?
一応絵里のほうを見てみるけど、絵里は「自分じゃない」と首を振ってる。


『グルルルルルッ……』

また聞こえた。
絵里と一緒に声が聞こえたほうを見る。
木々のあいだの闇に光る二つの目。
ジャリッジャリッという、葉っぱを踏む音とともに、二つの光が近づいてくる。
闇の中から現れたのは、翼の生えたライオンのモンスター……グリフォン……。


「えっ……なに、これ……?」
「もしかして……絵里たちのこと狙ってるんじゃ……」
『グアアァァァッ!!』

その太い足が地を蹴り、翼が羽ばたく。
そして鋭い牙と爪が襲いかかってくる。

「「うわあっ!!」」

なんとか絵里と一緒にかわす。
背後にあった大木が音を立てて倒れた。

「え、絵里、魔法!!」
「やってるよー!」

絵里の手が光り出す。
そしてそこから火球が放たれた。

「ファイアー・ボルト!!」

火球がグリフォンに当たって破裂する。
でもそれはまったくダメージを与えられていなかった。


『グルアァァァアッ!!』
「うわあぁあっ!」

また襲いかかってくるグリフォン。
今度もなんとかかわすけど、恐怖に足が震えている。

「え、絵里、逃げるよ!」
「う、うんっ!」

命からがら逃げ出す。
グリフォンも途中までは追いかけてきたけど、なんとか撒けたみたいだ。
でも……無我夢中で走ってたあたしたちは完全に森の中に迷い込んでしまった。



◇     ◇     ◇



鳥籠の中の鳥は大空を飛べない。
孤児院で読んだ本にそんなことが書いてあった気がする。

まったくもってその通りだ。
物心ついたときから孤児院にいたあたしたちは、外の世界では生きていけなかった。

深い森の中でのサバイバル生活。
当然食料を与えてくれる人もいなければ、雨をしのぐ屋根も、暖かい寝床もない。
もうずいぶん飲まず食わずの生活が続いている。
そして体中傷だらけになっていた。


「れ、れーな……」
「絵里っ! しっかりして!」
「ごめんね、れーな……足引っぱっちゃって……」
「絵里っ……絵里っ!!」

揺さぶっても目を開けない。完全に衰弱しきってる。
ごめん……ごめんね、絵里……。
あたしが無理に付き合わせたりしちゃったばっかりに……。
自分の無力さが悔しくて涙が溢れた。

『グルルルルルッ……』

背後で聞こえた鳴き声にふり向く。
そこには初めて外に出た夜に遭遇したグリフォンがあたしたちを見ていた。
恐怖に体がすくむ。でも今度は逃げるわけにはいかない。
絵里を……守るんだ!

立ち上がり、絵里のそばから離れる。
そして、森の中で拾ったボロボロのナイフを構えた。


「……来いよ。差し違えてでも殺してやる!」



そのあとのことはよく覚えていない。
気がつくと目の前にグリフォンの死体が横たわっていた。
グリフォンの心臓に刺さっていたナイフを引き抜く。


「絵里……絵里……」

痛む体を引きずって絵里のところまで向かう。
当然ながらあたしも無事で済んではいない。
動くたびに全身が悲鳴をあげてる。これは何本か骨が折れてるな……。

「絵里……」

気を失ってる絵里の体を起こしてなんとか運ぶ。
ごめん、絵里……できればもうちょっとダイエットしててほしかったかな……。
それでもなんとか、気力だけで森の中を歩き続けた。



そして、どれくらい歩いただろう……。
目の前を覆っていた森の木々がとぎれた。
ようやく森から抜け出せたのだ。

「よかった……ここなら……誰かが……」

見つけてくれるかもしれない……。
そう思った瞬間、あたしは地面に倒れ込んだ。
もうすでに体力の限界は突破していた。いつ倒れてもおかしくなかっただろう。


でも……まだ完全に助かったわけじゃない。
誰かここを通る保証はないし、もしかしたら先にあのグリフォンみたいなモンスターに見つかるかもしれない。
なんとか体を起こそうとして……あたしは見た。

どこまでも広がる漆黒の夜空と、そこに散りばめられた満天の星。
そしてその中で残酷なほど綺麗に輝いている満月。
世界は……こんなに広かったんだ……。

  ジャリッ……

その時なにかが砂を踏む音が耳に届いた。
続いて今まであたしたちに降り注いでいた月の光が遮られる。
誰っ……? まさか、モンスター?
なんとかもう一度顔を起こす。
そこに立っていた影は紛れもなく、あたしたちと同じ人間だった。
長い髪が風に揺れている。

「どうしたの!? 大丈夫!?」

振ってくる優しい言葉と優しい声。
感情がしっかりこもった聞き覚えのない声。あの孤児院の先生というわけでもないみたい。

あぁ、絵里……あたしたち……助かったんだよ……。
安心しきった瞬間、あたしの意識は完全に途切れた。







BACK   NEXT