第26話


<Chapter.25>

他にもいろいろと考えてることはあるんだが、短い時間でツアー中である『部下』たちの
負担を軽減しつつ腹にはめてもらうためには、これぐらいに絞ったほうがいい。
「以上だ」
呼吸を忘れるほど集中していたのか、安倍と矢口はそれぞれに大きく深呼吸した。

「オイラたちはあんまり派手に動かない方がいいかもね」
僅かな表情の変化も捉えようと強い瞳で俺の顔を凝視していた矢口が呟くと、一字一句
必死にとっていたメモを手に、安倍が頷く。
「だね。裕ちゃんが自由になれば、引き抜きの方が動きそうだもん」
「とにかく裕ちゃんだ。こっちも気をつけないとね」
思わず「ほう」と出かかるのをどうにか堪えた。

「いいだろう。秘匿性は変わらんと思えよ」
頷く矢口の眼は爛々と光っている。こいつ何か考えてやがるな。ま、聞こうとは思わんが。
「うん。情報交換は頼むねジョーさん」
「携帯番号が変わってなかったらな」
「変わってないよぉ。定時連絡は入れるからさ、よろしくねっ」
石川事件のときもそうだったが、この娘は自然とツボをおさえてる。たいしたもんだ。
アイドルなんかやってるより、探偵事務所でも開いた方がいいんじゃないのかね。

「例の参加者は?」
へえ、痒いところまで手が届くじゃないか安倍も。
「教授に調査を依頼してある。結果が出てからだな」
「真希ちゃんもツアーあるし、ジョーさんとあたしでやります」
力を備えたひとみの声に満足そうな笑みを浮かべ、安倍が「よし、じゃあよっちゃん、
下で待ってるよ」と腰を上げた。
おや、番組で矢口より子供だと全員に指摘されてマジ切れしたって聞いたが、すっかり
お姉さんの顔だ。

「余計なことかもしれんが、仕事は普通に頑張るんだぞ」
「うん!さあ忙しくなるぞぉ、って感じだね。矢口、行こ」
「おっし、今日もやるぜぃ!よっすぃー、遅れるなよ」
「そんな子供じゃないんだから・・・」
若干ムッとしながらも笑顔で二人を見送るひとみの横顔を見てると、その成長がわかる。

昨夜の会議で悔しがる後藤を強引に説き伏せたんだが、そいつを「真希ちゃんと」と表現
しないことで、遠まわしに伝えたのだ。後姿が頼もしい二人も、気を利かせただけじゃあ
あるまい。察するあたりは、さすが年長組といったところか。

ひとみは俺の分もドリンクのおかわりを持って戻ると、正面へ座り直した。
「で?」
世界一短いセリフだが、これで通じる。
「寝る前に考え付いたってぇか、思い出ついたことがあってな。お前にもちと頭を捻って
もらいたい」
マジな口調に、ひとみの喉がゴクリと鳴った。

「お前、自分なりにやってみて、浮かんできたか」
「浮かぶ?」
「犯人像だ」
「あ・・・」
何者かの意思によって事態が動いているのは間違いない。大局的なものも、おそらくは
矢口とひとみが考える通りだと思う。
ただ、いくら考えても輪郭すらはっきりしてこないことがある。

「どう頭を捻っても犯人の顔が浮かんでこねえ。そうだろ」
「・・・・・」
ひとみは口を噤んだきり下を向いちまったが、落ち込む必要がこれっぽっちもないのは、
昨夜に話したとおりだ。

中澤が明かした衝撃の事実は、85年カルテットに伝えてある。

「引き抜きの話な、とうちゃんに相談したんよ、あの夜」

売れないライターを副業とする東出は、独自調査のうえ突き止めた「本丸」を攻めようとして、
城壁に跳ね返されるに留まらず返り討ちに遭ってしまった、と中澤は信じているようだ。
今日も警視庁に拘束される彼女は、今も激しい自戒を心中に、涙なき号泣を続けているに
違いない。
気持ちはわかるぜ。敏腕弁護士考案の救済策を突っぱねる理由も、心情的にはな。
だが、深慮せねばならない事が悲劇の影で鈍い輝きを醸してるのは忘れてもらっちゃ困る。

ハロプロの主力級をごっそり引き抜こうとするならば、いっそのこと株を買い占めて会社
そのものを手に入れちまう方が簡単かつ合法であるのに、あえて引き抜きという策をとる
理由は?

引き抜き話をネタに何を要求したんだか知らんが、東出晃を「殺さねばならなかった」
人物とは、いったい何者だ?

この2点にヒントが見つからない限り、ひとみがそうしたように「結果的にお膳立てを整えた」
例の参加者たちから攻めていくしかない。
そのための教授頼みである。あのじいさんならば、今日中にも瞠目すべき材料を仕入れる
だろう。
どう料理するかは「俺たち」次第ってことだ。

「仕事しながらでいい、考えろ。賞金首の視点で組み立てるのが基本だ」
「・・・わかった。浮かんだらすぐ電話する」
こいつの真剣な顔は、不謹慎なのを承知で言えばえらく魅力的だ。おっさんキャラだの
グループ唯一の「男子」だのと揶揄されながら、中世的な輝きを放つことができるが故に
メンバーにモテるんだろうな。

最後にシークワーサー(なんで東京にこんなものがあるんだ)ジュースをひと息に飲り
「頼んだぞ」と立ち上がると、ひとみは妙な微笑へと変わった。
わかんねえなやっぱ。ジェネレーション・ギャップってやつは埋まらんわ。

「んだ?」
「いやぁ、認められてんのかなと思ってさ」
「・・・」
答えず伝票を押し付け、先にラウンジを出た。
ええい、こんな時に限ってエレベータが来ねえ。
見ろ、追いつかれちまったじゃんか。
「相変わらず照れ屋っていうか、素直じゃないっていうか」
朝っぱらから何を言い出す?

「何の話だ」
「ほらまたソレだ」
大人をからかいやがって。ロクな大人にならねえぞ。
「まあいいや。で、待ち合わせは?」
「12時半だ。文京区立図書館だとよ」
「へえ。普通は喫茶店とかじゃないの」
「確かにな。ま、話が聞けりゃどこでも構わん」
「そりゃそーだ」

部屋があるフロアで一旦停止したエレベータを降り際、ひとみは「じゃあよ」とこめかみを
突ついてきた。悪い気はしないが、やられっぱなしじゃ東洋人bPハンターの名が廃る。
「お前、その歳でもう健忘症か気の毒に」
「はぁ?」
「認めたんじゃねえ。才能に惚れてんのは最初っからだ」
「なっ・・・・こ」

続きを聞く前にドアは閉まった。再び開くためのボタンを押さなかったのは褒めてやろう。








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