第25話


<Chapter.24>

8時半にセットしたアラームを止め、カーテンを開放した。ふむ、晴天とはいかないが雨の
心配は無さそうだ。
ベッド備え付けの小さな目覚し音でも反応できるように、普段から身体を作ってある。
体調は悪くなかった。「よくおやすみでしたね」と降り際に客室乗務員から笑いかけられる
ほど、機中で大爆睡してたからな。時差ボケが解消するのも早いってもんだ。

シャワーの熱湯と冷水を交互に浴びること3セットで、頭もスッキリした。
まだ時間はある。ラウンジで飯を食いながら新聞でも読むか。
中澤裕子の記事がどれだけの紙面を席巻しているか知らんが、おかしな論調があれば
涼子を通して釘を刺しておかにゃならん。
久々に会ってすぐに切り出したら、灰皿で殴られそうだがね。

出口へ向かいかけたところで携帯が鳴った。
代替機の着信音は変えてないから誰だかわからん。
「もしもし」
(おはよ。起きてた?)
「なんだお前か」
(なんだとは何だコラ)
ほう、いつもの調子に戻ってやがる。切り替えが早さは毎度の事ながら、悪いことじゃない。

(朝ご飯まだでしょ。こっちで食べよう)
「何でえ、食欲あるじゃんか」
(バカっ。安倍さんと矢口さんが話を聞きたいって)
そういうことかい。
レッスン用に確保したダンス・スタジオがちと遠い「おとめ」の石川と藤本は朝が早いと随分
こぼしてたが、近隣で何とかなった「さくら」はまだゆっくりできるってだわな。
正直、ほいほい出かける気分じゃなかったが10分で行くと答え、パソコンだけを持って部屋
を出た。

エントランスをくぐったところで、都心のこんな幹線道路では珍しい光景に出会った。
移動パン屋である。
焼きたてパンの香りが漂うワゴン車に、通学途上の少女たちが群がって・・・。
微笑ましい光景は、長く続かないもんなのかね。次の瞬間、パン屋の前に止まるワゴン車
から響く怒声に、眼を剥く破目になるとはな。

「こらっ!あんたたちいつまで選んでんの!」
どっかで聞いた声だ・・・・げっ、飯田じゃねーか。ってことはあの子たちは?
バレたらコトだ。ここはすーっと。
「あーっ!!」
予告もなしに振り向くんじゃねえ辻!
「賞金稼ぎがこそこそしてる!」
「ぉあ、ジョーさん」

辻と小川が嬌声をあげると、開いたバックドアにかじりついていた道重と田中まで寄って
きやがった。
「「「「おはようございまーす!」」」」
囲むなこら。
「おおおおお、おはよう」
声がデカいって。せっかく御揃いのブレザーで女子高生してんのに。
おおかた飯田たちを待ってる間にパン屋がやってきたのだろう。こんなご馳走を目前にした
辻が「危険を顧みる」という言葉を思い出せるわけないやね。

「もう行くの?」
「お昼じゃなかったでしたっけぇ」
はん、石川か藤本が話したな。どうりで、中澤の件があるにしちゃ、と思ったぜ。
「はは、ちょっと吉野屋の朝定を食いによ。これからレッスンだろ。飯田が怒ってるぞ」
「いっけね。じゃ、待ってますねぇ」スポーツフェスティバル第二戦で鬼神の如き活躍を見せ
たという辻が、手を振りつつ離れていった。
「待つ」?よくわからんが「おお」と応えておこう。
髪を上げた彼女しか見たことなかったが、普通に下ろすと意外や意外、大人っぽいじゃ
ないか。無理すりゃ俺でも作れないこともない娘の年齢なのに、ドキッとするわ。

思わず眼で追ってると、後席のスライド・ドアにかけた辻の足元にひょっこり、ゼンが顔を
出した。別に迷惑そうな顔じゃないから、朝っぱらからのハイテンションに馴染んではいる
ようだ。
「ゼンも一緒でーす」小川の嬉しそうなこと。すっかり「おとめ組」のマスコットだな。
だがよ、お前さんの役割は「癒し」じゃないってことを忘れてもらっちゃ困る。
おっ、先生(わかっとるわい!)と吠えてもおかしくない顔だな。そっちは任せたぜ。

「行ってきまーす!」
弾けんばかりの笑顔で辻が後席へ消えると、前席の窓から顔を出す飯田と眼が合った。
既にワゴン車はウインカーを出している。
思わぬ場面に相好を崩しかけた襟元を正させるようなトップモデル級の視線に、俺は唇を
きつく結ぶことで応えたつもりだ。

頼みます

身につけた読唇術が間違っていなければ、彼女の唇は確かにそう動いた。


最後席で手を振る田中と道重に応えダッシュをかけたのだが、予告した時間を2分ばかり
オーバーしちまった。
7割ほど埋まった席の、最深部に「さくら組」の3人はいた。近づいていくとテーブルの上に
は水だけが置いてある。


「遅れてすまなかった」
果たして俺は、何に詫びたのだろう。
「あ、おはよーございますジョーさん。久しぶり」
安倍の笑顔にほんの少し救われた。
正直、来日が遅れたことには申し訳ない気持ちがある。携帯さえマトモなら、もう少し早く
気づいてやれたのだが。

「おひさしぶりっすジョーさん。遅くなんかないっすよ」矢口もいつもと変わりない。
「だよねえ」
わかってくれてるのか二人とも。ありがとよ。
「とりあえず食べてからにしましょうか」
二人に感謝しろよ、という顔のひとみに続き、バイキングの献立を整える。

「「いただきまーす」」と声を揃えてからも、「なちまり」コンビ(fromアイドル通・逢坂)は
意外なほど静かだ。
この二人のパワーが融合したとき、下手をすると加護・辻コンビを遥かに凌ぐのはハワイで
思い知ってる。例えるなら、デリンジャー2丁がニトロ・エクスプレスに変わるに等しい。
その二人がこうも大人しいとは・・・俺が切り出すのを待ってるとみた。
3人が食後のドリンクへ手を伸ばすまで待ち、パソコンを開く。

「整理しとくぞ」
言うなり、二人の顔に緊張感が漲った。やっぱな。
「矢口、お前も同じだって?」
事件の背景にひとみが抱いたものとさほど変わらない疑念を抱いたのは、この小柄な
サブリーダーだけだったという。石川や藤本がいくら成長したっつっても、総合力では未だ
抜きん出ているらしいな。
いや失礼、後藤もだって言ってたわ。
「うん。引き抜きとかさ、どうしてもね・・・・」
別に昏くならんでもいいと思うが。

さて、俺なりに整理したところ、ポイントは3つだ。

○動機無き殺人
○口をつぐむ合コンの参加者
○同時に起きた移籍騒動

中澤には親友を殺す動機など皆無だ。だいたい合コンでの再会が3年ぶりで、学生時代にゃ
喧嘩した記憶すらないって話だ。無理矢理そうしようとしても、殺意を抱くことすら叶うまい。
なのに、東出がストーカーだったことも含めて、中澤を殺人者と疑わせる証拠だけが揃って
いた。何者かが企図した罠だった可能性は、否定できないを通り越して「高い」といえる。

ひとみが事件を単なる冤罪ではないと気付いたの理由は、この「揃いすぎた証拠」だった。
モーニング娘。を離れて一人歩きを始めたハンターの勘が、逆説を導いたのだ。

「なぜ、東出晃が中澤裕子に殺されねばならなかったのか」

言い換えればこうなる。

「真犯人は、何を狙って中澤を陥れたのか」

自らの仮説を真実ならしめる手がかりを求めてひとみと後藤が接触をはかった合コンの
同席者たちが二つ目のポイントなのは、この見地からすれば当然の話だ。
しかし、彼・彼女たちは、なぜ二人の接触を取り付くしまも無く退ける?
傍目からは、参加者が殺されたことに恐れ慄き一切の関与を拒絶している「ように見える」
ものの、ひとみのハンター候補としての経験は、この不一致の一致を逃さなかった。

彼らは別のものに恐怖しているのではないのか。
そして、気付いたのだ。
自分の居た酒席が、大いなる陰謀の起点であったことに。


最後に、タイミング良過ぎであると誰もが感じながら、中澤の容疑とは逆に確証が無いため
踏み込むことが出来ないでいた引き抜き騒動だ。

矢口真里や吉澤ひとみのみならず、保田圭と稲葉貴子(はじめて聞く名だ)が見過ごすことなく
咎めたこの怪事は、前の二つを腹にはめたとき初めてその鈍い輝きを恐怖に変え、「資金」
「体制」「戦略」のどれが欠けていても為し得ないことに思い至った瞬間、新たな脅威となる。

全てを備えた存在が確かな勝算のもとに仕掛けたのなら、あえて訊かせてもらおう。

「勝利」とは何を指す?


手にしたフレッシュ・ジュースを口に運ぶ事も忘れて、身じろぎもせず見つめる安倍・矢口、
あらためて噛み締めているような顔のひとみに語りかけながら、俺は自分にも言い聞かせた。

この娘。たちの未来を護ることが、いまの自分に課された「仕事」だと。

護るという表現が正しいかどうかはわからないがね。








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