第24話


<Chapter.23>

2日前、俺は厄介な事件をひとつ片付けて、2週間ぶりに事務所へ戻った。
厄介な、というのは、命の危険はないにしても相手が知能犯で、追い詰めるのに梃子摺った
という意味だ。
特許級の社内発明を持ち逃げした大手製薬会社の研究員を追っていたのだが、こいつが
頭の切れる奴で、警察も知り合いのハンターもお手上げで俺におハチが回ってきたんだな。
どう切れたかというと、複数の替え玉を用意し同時に出没させるという手を使い、追撃を
かわすこと10回以上、煙に巻いていたのだ。おそらくIQは相当なもんだろう。

で、目撃証言に振りまわされた挙句、たまたま追い詰めたムエタイを使う影武者に骨折を
負わされた某ハンターが、自らの復讐もあわせて俺に依頼をよこしたってわけだ。
血が滾ったねぇ。命の危険なら珍しくないが、こういう知能犯を相手にするのは久し振りだ
ったからな。
結局、自分も偽者をふんづかまえる失敗を2度ほどカマした挙句、ふとした発想の転換で
首根っこをおさえることが出来たんだが、まあ疲れたこと。野郎、いつ尽きるともわからん
影武者攻撃を放つ一方で、自分はフロリダにある元愛人の別荘で悠々自適に過ごして
やがった。

ここ半年は社内で言葉をかわしたこともないという元不倫相手の言葉を鵜呑みにした前任
の腕っこきが気付かないわけだ。俺も、日本人でなかったらここまで手の込んだ逃亡の
シナリオを描いた奴が、密かに別荘の合鍵を複数作ったうえで別れ際に何食わぬ顔を
装いそのうちの一つを返していた、なんてこたぁ浮かんでこなかったろう。
「灯台下暗し」
ありゃあ今まで生きてきた中で、日本人であることを一番感謝した瞬間だったね。

目星をつけた俺は、報酬を3倍に吊り上げたうえで乗り込んだ。
真昼間にSIGの安全装置を外して別荘を訪れると、野郎は呑気に庭の芝を刈ってやがった。
ゼンも牙を剥くのを忘れてその場へコケた(ように見えた)もんだ。

ふん捕まえた野郎を依頼主へ引き渡し報酬を受け取った俺は、その夜から丸一日は爆睡
するつもりで事務所へ戻った。すぐにシャワーを浴びてベッドへひっくり返ろうとすると、ゼン
が何のつもりか電話をジッと見つめてやがった。
LEDの点滅を無視して寝るわけにもいかず、渋々ながら再生ボタンを押してみたら・・・。


「24人分の留守電だぞ。英語とスペイン語とポルトガル語、頭ン中で整理するのがどんなに
大変か想像してみろ」
強い口調で言うと、石川も藤本も天井を見て考えているようだったが、後藤は目を閉じてる。
そのまま寝るなよ。

大量のメッセージは、うち18件が同業の入れたもので言語は違うが内容は同じだった。
「スペンサーがお前を探してる」
傷が癒えてこちらへ戻ってから仕入れたスペンサー・渡の伝説は置いておくとしても、奴の
残照がいまも鈍くロスの街を照らしているのを思い知ったね。メッセージの主の中には、
俺の5倍のキャリアを持つ凄腕も混ざってやがった。

問題は残る6件だった。
4件はそら、そこで「早く言えよ」って顔してる未来の相棒からだったんだが、うち一つは
とんでもない人物からだったのだ。

「石川さんに捜索依頼を受けた。いつまで留守にするつもりかね」

そこへ至って、3日ほど前に例の替え玉の一人ともつれあって河へ落ちた際、うっかり防水
パウチに携帯を入れておくのを忘れていたことをようやく思い出したってわけだ。何通送った
が知らんが、肝心の画面がブラック・アウトしてちゃあな。

そういう自分のミスもあったから、3時間の仮眠をとる間に用意させたゼンの検疫証明書と
着替えだけをバッグに詰め込み空港へ走ったのは、我ながら早業だったと思うぜ。
出国手続を終えてフライトまで一杯飲るかと店を物色していたところへ、件の人物が何の
前触れもなく現れても、別に驚きゃしなかった。

「昨夜ひとつ仕事を終えたと聞いたが」
「商売じゃねえ。東洋の島国へバカンスによ」
「ほう」
「おかしなことを吹き込んでないだろうな」
「私は専ら聞き役だ」
「そうか。あばよ」
宿敵とかわした会話はそれだけだった。

「彼女たちが全てを託す存在は、君だけのようだ」
ってな台詞が後を追ってきたことを除けばな。

「ちょっと待った」
話し終わると同時に、ひとみが突っ込んできた。
「どうして『宿敵』なのよ銀香さんが」
「そうですよぉ。約束まもってくれたんだ銀香さん・・・」
掌を組んで夢見る乙女・・・じゃねえぞ石川。
「おまえ、あんなのと何を約束したんだ」
「あんなの!?ひどい!!!」
石川は俺から枕を奪い、投げる素振りで威嚇した。

「ジョーさんを探して、伝えてほしいって頼んだだけですっ!」
「興奮するな。けどよ石川、あいつは過去に俺の仕事をだな」
「邪魔したことがある、でしょ。それがどうしたっての」
ひとみが絶妙のタイミングで遮る。くそ、こいつら何でこんなにコンビネーションがいいんだ。

「ハワイで何があったかもう忘れた?」
「ありゃお前・・・・」
まあしかし、そいつを持ち出されると黙るしかねえな。
あのとき奴が現れなかったら、いまここで、こうして喧嘩できているかどうか。
「悪く言わないでください。あの人は・・・・・『頼りになる友人を大切にしたまえ』って・・・・・」
泣くなよ石川、おまえ強くなったんだろうが。
とは言えなかった。
これまた抜群の間で後藤の携帯が鳴ったのだ。

「はいもしもーし。おーっ」
いつもの調子で会話を始めた後藤をひと睨みしてやったが。
「もういいでしょ。ジョーさんの負けですよ」
藤本に試合終了を宣告され、俺は仕方なく「わかった、お前の勝ちだ。石川、ありがとよ」
実はこれが本音だった。

ひとみのメッセージだけでも十分だったが、この娘に頼られた銀香が現れたことで事態が
逼迫していると腹にハマったのは確かだった。
おかげで搭乗開始までの間バカ高い料金を払って国際電話をかけまくり、おおよその事情
を頭へ叩き込んだうえで、機中の夢の中でも対処法を考えられたのだ。
ま、2回あったはずの機内食は一度も腹に入れられなかったがね。

「?」
白旗をあげた俺を不思議そうな眼で見る石川に微笑みかけ、いよいよ会議というところで
後藤が「うっそ、凄いじゃん!やるねぇ」と叫び、切り替えようとしていたひとみまでコケた。
一度ならず二度までも。相手は誰だ?
「んー何かうるさいねぇ。いまどこにいるの?・・・・・電車ぁ?」
ピン、と来た。
この時間に動いている電車といったら、ひとつしか考えられない。

「え、たかし・・・・ああジョーさんかぁ。来てるよ。何で知ってんの」
コケたのは今日三度目だ。苗字ぐらい覚えとけよ後藤。
彼女の口調からするに、相手は教授が大興奮で初遭遇の衝撃を一気にまくしたてた娘に
違いない。
「かわるの?ん」
差し出された携帯には、後藤×ひとみのツーショット・プリクラが貼られていた。

「高科だ」
(ジョーさんですかー?着いたんですねえ)
語尾が伸びるのは後藤と同じだが、微妙に違うな。
「今日はそっちに泊まるんじゃなかったのか。スケジュールはそうなってたぞ」
(の予定だったんですけど、裏をかいて戻ることになったんです。そうだ聞いてくださいよー!)
何の自慢話だ、と思ったんだが。

「・・・・・!!!あうっ、ぐぅ?」
自分でも意味不明のうめきをあげちまった。
どうしたって?
こんなのを聞いて、凄いじゃん!で済ませる後藤の方がどうかしてるんだ。
「ああ・・・・わかった。俺が会えばいいんだな」平静を装うのもひと苦労だった。
(はい!よろしくお願いしまーす)
「任せとけ。後藤とかわるわ」

携帯を返し、隣へどすん、と腰を下ろした俺へ、ひとみの怪訝そうな声がかかる。
「ひょっとして・・・・」
「ああ。動いてるのは知ってたろ」
「見つけたって?」
「いや、それらしいのをピックアップしただけだ。明日の昼に会うことになった」
「まさか目撃者!?」
今度は藤本か。生半可なことじゃ眉一つ動かさない「女王」も、そりゃ驚くわな。
「すごーい。どうしてぇ」
石川の眼がまん丸になるのはハワイ以来じゃないのかね。

いずれにしろ中澤の件には光芒が差したと言えそうだ。
とすると、残るは。
「お前はどうなんだ」
「・・・・・」
話しにくいのはわかる。だが、意見を戦わせにゃあ何も始まらんのだ。
「全てが仕組まれた、そう思ってるんだろ。中澤を陥れた真犯人を挙げたいってよ」

自分でも重々しい口調だと思った。
石川が、藤本が、のほほんと電話を終えた後藤が、息を殺して次にどちらが口を開くか
見守っている。
「うん・・・・・おかしいことだらけだよ。どうして合コンに出た人たちは会ってもくれないの?
なぜタイミングを合わせたみたいに引き抜きなんて話が出てくんの?それも何人も」
ちと興奮気味なのが気になるが、黙って聞くことにしよう。

「被害者の部屋だっておかしい。あからさまにストーカーを偽装してる。あんなの信じる
警察も警察だよ。皆で中澤さんを犯人に仕立て上げようっての!」
次々と明かされるひとみの胸の内は、他の三人も薄々感じていたことに違いなかった。
その証拠に見ろ。石川が全く似合わない厳しい表情へ変わっていくじゃないか。藤本も
同じだ。ひとみと手分けして聞き込みにあたっていた後藤なんざ、唇を噛んで泣きそうに
なってる。

無論、一番悔しいのは吉澤ひとみのはずだ。
自分だけで抱えこんじまうのがこいつらしい。
本来は端正な横顔に浮かぶ険が、渦巻く怒りで荒れ狂う胸中を伝えてくる。
解決の糸口すら掴めない自分に、朧げなままの恐怖に。

「おまけに秘中の秘だった中澤の情報リークか」
「許さない・・・」
握られた拳に掌を添えてやると、ようやくひとみは落ち着きを取り戻した。
「ふむ。お前らも聞け」と後藤・石川・藤本へ振り向き、おやっと思った。
三人とも、言われるまでもないという顔だ。いいね、それでこそエージェントだ。

「お前たちは間違ってないぞ。二つの事件が無関係だとは、俺もこれっぽっちも思ってない」

石川誘拐事件の捜査で身につけた術が拙かったんじゃない。
ひとみのアプローチが間違ってたわけでもない。
緒戦は相手が上を行っただけだ。
どこのどいつか知らんが、俺が来たからには、とっとと逆転してみせるぜ。

言葉に出さずとも理解していたであろう4人は、タイミングこそ違え俺の眼を見て、全員が
頷いた。
少しは言葉を選ばにゃと覚悟してたが、これなら衣を引っ張り出さずに済みそうだ。

85年カルテットとの作戦会議を終え、舗道へ出たところで見上げたひとみの部屋はまだ
灯りが点いていた。
「晩飯サンキューな」と額を指で小突いたときに見せた『相棒』の笑顔は、いつもより少し
固く見えたが・・・練り直したりしないで早くとっとと寝ろ、ってなメールでもしなきゃだめかね。

そんな想いを懐にしまい歩き出した舗道には、人の気配ってものが全くなかった。
すっかり冬らしさをまとった風が、とびきり可能性の低い「幸せな眠り」への願望を洗い流す
かのように吹いているだけだ。
ふん、似合いの雰囲気じゃねえか。

ああそうだとも。
闘いはこれからだ。

俺は身体が僅かに震えるのを自覚しながら道路を横断した。
寒さに身を削られたわけじゃない。

手強い賞金首を相手にしたときと同種の、心地よい武者震いがおそってきたのだった。







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