第17話


<Chapter.16>

「そのー、タクシーの運行記録っていうんですか?そういうのって、頼めば見せてもらえる
ものなんですかねぇ」
あんまり慣れない言葉を使うもんじゃないなあ、と思いながら高橋は必死に意思を伝えようと
していた。
新春に放送されるドラマの、収録の空き時間である。
(はあ、いちおう企業機密に該当しますんでね、そう簡単にお見せするわけにはいかないんで
すが)さすがにガードは固い。ここで高橋は、加護たちと綿密に打ち合わせた作戦に出た。

「実は ・ ・ ・ 福井の田舎から出てきたんですけどぉ、お姉ちゃんがこっちで連絡つかなくなっ
ちゃって。その ・ ・ ・ 失踪、って感じで」と福井弁丸出しの沈んだ声で打ち明ける。
(失踪!?) 相手は少し怯んだようだ。チャンス。
「お姉ちゃんの友達で、こないだ六本木でタクシーに乗るのを見かけたっていう人がいたん
です。どこのタクシーかわからないんですけど、これしか方法がなくって ・ ・ ・ 何とかお願い
できませんか」
(しょっ、少々お待ち下さい)
やった、こりゃ行けるかも!
高橋はこんな調子で、ちょっとした空き時間を使って電話をかけまくっていた。
もちろん、加護も辻も同様である。

まだ初動段階の捜査において、まず安倍・石川・藤本が数々の「押収物」の中から、中澤の
足取りを追えそうな手がかりを全員にメールで届けた。
それに呼応したかのように、中澤と番組でMCを勤める道重が、六本木ヒルズのテレビ局
前からタクシーに乗った目撃情報をゲットしてみせた。
時間は犯行時刻より早く、直接のアリバイとはいかないが、光明であるのは間違いない。

報告をうけたミニモニ。の3人は、会社から説明を受けていたミカをまじえ、策を練り上げた。
正攻法は中澤を乗せたタクシー運転手を探すことだが、都内に何万台運行されているか
わからないタクシーの一台一台をあたるなど、とても出来ない。

そこで、攻めるなら本丸だと考えた加護キャップは、飯田と矢口の意見を聞いたうえで都内の
タクシー・ハイヤー会社にアプローチを試みる断を下したのである。
ただし、ストレートでは勝負にならないとみて、あえて変化球を連投する作戦だ。
彼女たちはこのミッション【disappeared sister】(=ミカ命名)によって、既に1社への切り込みに
成功していた。

いまごろ在京地方局でレギュラー番組を収録しているはずの新垣以下の部隊も、スタッフや
メイクに聞き込みを行っているはずだ。
まだそちらからは情報があがってこないが、初日としては上々のスタートといえるだろう。

(ああ、休憩が終わっちゃうよー待たせすぎやてぇ)公衆電話コーナーで地団駄を踏む高橋で
ある。それでも、通りかかったスタッフに会釈しながら待っていると、配車担当と名乗る人物が
電話に出て、コピー等外部に洩れる可能性を排除という条件付で調査をOKしてくれた。
「ありがとうございますっ!明日にでも私かお姉ちゃんの友達が行きますんで、よろしくお願い
します!」
思わず電話に向かって深く頭を下げた純情娘は、期待に顔を輝かせつつ受話器を置いた。
アポイントを確保したら、あとは事務職の若い女性が友人役を勤めればいい。

待っててください中澤さん。みんな頑張ってます!

スタジオへ走る彼女は、弾けるような、無邪気な笑顔であった。
行く手には、光が見えているに違いない。

その時点では、高橋だけでなくメンバーの誰もが、光の先に待つものが恐怖と新たな
闘いであるとは想像し得なかった・・・・・。



普通なら窓外を見遣る余裕など持てないはずである。
取調べが始まってまだ二日だというのに、「今日は何日でしたっけ」と時間感覚を失う
「容疑者」もいるほどだ。
もしいま、この取調室に入ってくる者がいたら、泰然と窓外の風景を眺める中澤裕子の
後姿に何を感じるだろう。

あの娘たち、無茶してないとええんやけどな・・・。

弁護士の面会で「どうやら動いているらしい」と聞いた彼女は、おかしな冤罪を着せられる
よりも娘。たちの方が心配になっていた。
逢坂と吉澤が会ったということは、そうとうの情報が娘。たちに流れているとみていい。
もちろん、自分を助けるために頑張ってくれるのは涙が出るほどに嬉しいのだが、捜査術の
初歩を身につけている年上チームは逆にそれが仇となってしまわないか、と気が気では
なかったのである。

とくに、吉澤は他のメンバーとはレベルが違う。拘束が今日で3日めとなり、身柄が警察
から検察へと移されるのにともない「参考人」から「容疑者」へと扱いが変わったことを知って
いるかもしれない。
最終局面を迎えた工場で、銃声がこだまする中へ敢然と突入した吉澤である。何をやらかし
ても不思議ではないと思っていた。

背後の人の気配に、中澤は自然な仕種で振り向いた。
そこには、ある意味で心配の種を作ったとも言える飲み友達が、まったく似合わない姿で
立っていた。何のつもりか、エプロンをつけている。

「大丈夫か?」
特別にドアをそっと開けたわけでもないのに気配に気づかなかった中澤に一抹の不安を
感じたのか、逢坂刑事は差し入れらしい飲物を載せたトレイを持ったままの姿勢で訊いた。
「別にぃ。何や、そのカッコ。謹慎やなかったん?」
いつもと変わらない口調に安心し、どうだい容疑者になった気分は、と笑いながらドリンク
を置く逢坂である。

「別の事件で人が足らなくてね。君とは世間話以外はいっさい禁止って条件付で休暇は
お預けをくらった」
何だか少し言葉づかいがおかしい気もするが、一人よりも心強いことは確かだ。
小さくため息をついたものの、微笑をその顔に浮かべた中澤は目の前に置かれたアイス
コーヒーを一口飲った。
「ん…美味しいやんこれ。どこの出前?」
「馬鹿いえ、俺がいれたんだ。感謝して飲めよ」

言いながら逢坂は、下に置かれていた紙製のコースターをわざわざ手元まで寄越した。
(?ははあ…)その不自然さに意図を察した中澤は、僅かに頷いてみせる。
「容疑者って言ったってなぁ、やってないもんは仕方ないやん」
「ま、そりゃそうだ。ときどき様子を見に来てやるよ。泣くなよ姉さん」
「アホ!」
もうすっかり、と言っては変だが、外での二人と変わらないと見抜ける人間が、マジック
ミラーの向こうにどれだけいることか。

事実、この最強タッグは、徐々にではあるが勝利を手繰り寄せようとしていた。
その向こうに待つものには、まだ気づかないまま・・・。





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