第11話


<Chapter.10>

人になってきてるのかな、あの娘たちも。

藤本は、石川梨華誘拐事件の真相を知らされたときの衝撃を思い出した。
絶対の緘口令と引き換えにマネージャーから告げられ、卒倒しかけたのを覚えている。
命の危険がないとはいえ、今回のケースはひとつ間違えばハロプロ崩壊にもつながる
一大事だ。衝撃は石川のときと大差なかった。

加護以下の年少組も、もし石川の事件を解決前に知らされたら取り乱すでは済まなかった
はずだ、と藤本は考えている。
ところが先刻の彼女たちときたら、拍子抜けするほど冷静だった。
もしかしたら、よっすぃーが先に電話で予防接種してたのかな・・・聞けばよかった。

「ホントですかぁ!ありがとうございますっ!」
ドリンクの残りを一気に空けようとした藤本は、耳に否応なしに飛び込んできた石川の叫びに
眉を寄せた。
敬語と声色からして、相手はハロプロ関係者ではありえない。誰だろう?

「はい、お願いします!また電話しますね。この時間でいいですか?・・・・・はい、わかりま
した。それじゃあ・・・」
挨拶を考えている間に電話は相手から切られた。

よかった、どうにかなりそう。
満足そうな笑みを浮かべてリビングのドアを向いた彼女は、そこに腕組みをして壁に寄り
かかる藤本を発見し「きゃあっ」と飛び上がった。

「きゃっ、じゃないよ。いまの誰?」
「な、何のこと?」
「こっちが聞いてんの。彼氏じゃないよね」
「まっさかぁ。ちょっとした知り合いだよ」
「む・・・・隠すなんて怪しい。くりゃっ」
藤本は素早く接近し、ヘッドロックをかけた。

「わーっ、ちょっとやめてよー」
「ならば言え。相手は何奴だ」
ドラマから仕入れたのか、必殺仕事人みたいに時代劇かかった口調だ。
「言わぬか」
石川はどうしても口を割ろうとしない。
「もうっ!明日の朝、安倍さんを起こさなきゃいけないんだよっ!」
三分の一ぐらい怒った石川の訴えに、ようやく藤本は縛めを解いた。
いけね、忘れるところだった。早く寝なきゃ。

明日の朝、安倍・石川・藤本の3人で中澤のマンションへ行くことになっていたのだ。
加護たちを送り出したあと、飯田と矢口は関係者への根回しとコントロール・タワーを、
目撃者探しの先兵には加護たちになってもらい、安倍ら3人は中澤の側から探ろうという
ことでまとまった。
第一歩として、中澤の部屋に何か手掛かりがないか探してみようと安倍が提案し、石川と
藤本はそれに乗ったのだ。
安倍も一緒に泊まろうと誘ったのだが、ちょっと行くところがあるから、とモーニング・コール
を約束し今日のところは解散となった。

「じゃ、お風呂はいってくるね。眠かったら先に寝ちゃって」
「はいよぉ」
何がそんなに楽しいの、と聞きたくなるようなスマイルを残し、石川は退出していった。
自分の入浴中にちゃんと敷かれていた布団に入ると、すぐに睡魔がやってきた。特別に
意識はなかったが、やはり衝撃は肉体的疲労をも呼んでいたらしい。

はじめて泊まるのに、これじゃ何も話せないなぁ・・・・・と思う間に、藤本の意識は暗闇へと
落ちていった。



吉澤は話し終えると、ようやくカクテルを口にした。

「・・・・・・ほほ、あいぼんもなかなかやるのぉ」
中澤の危機を冷静に受け止めただけでなく、早くもアリバイ証明に動き出したことを知り、
日本一のアイドル・グループを孫の如く可愛がる老医師は破願した。

「正に教育の賜物じゃの。かおりん?」
「え・・・・・はぁ。そう言われると照れますね」
飯田が珍しく顔を赤らめている。
「何だよぉ教授、オイラはぁ」
「ふむ。矢口真里が厳しく指導せなんだら、ミニモニ。の二人が今の如き成長を示したかどうかは
疑問の残るところじゃ」
「てへへっ」

二人とも無理に作ったり、機嫌をとるために笑顔をプレゼントしているのではない。
石川救出作戦の裏方として力を貸してくれた老医師が好きなのである。たまにどうしようも
ないエロジジイになったりするが、それでも憎めない。

中澤救出へ向けて「しょい!」で気合を入れたあと、「かおりん、ちょっと付き合ってほしい
んだけど」と誘った吉澤の一言は、結果的にファイン・プレーとなった。
「どこへよ」「んー、この時間だし、保護者について来てもらおうかなと思って」という会話に
鋭く反応した矢口までがついてきたのだから。

(このもったいつけた展開は・・・)相当な情報を持ってきている。吉澤は期待感に身を震わせ
ていた。自分以外のメンバーも一緒に情報をもらう、と明言したのが功を奏し、かなりの気合
を入れて調査したようだ。

「ならば話してもよかろう。さて、何から行くか」
手にしたシングル・モルトのグラスを揺らしながら、しばし思案顔になる。
全員の聴覚が老医師へ集中した。

「まずは・・・・・被害者の素性からじゃな」
教授にしてはセオリーどおりだな、と吉澤は思った。


○被害者 東出晃 享年30才 職業はエンジニア。
○出身 京都府 中澤裕子とは小・中学の同級生であった
○殺害現場 赤坂プリンセス・ホテル1605室
○犯行時刻 検死の結果5日前の午後8時30分から9時30分までの間と断定された
○死因 後頭部を鈍器のようなもので複数回殴られたことにより起きた脳挫傷


「とまあ、ここまではよかろう。ごく普通の被害者じゃな」
教授がこんな話し方をするときは、次にサプライズが待っている。

「さて、これをどう見るよっすぃー」
カウンター上へ置かれた写真は・・・・・。
「なっ・・・・なにこれ。もしかして被害者の部屋?」
「ご名答」
「まるでストーカーじゃん」

壁を埋め尽くされた中澤の娘。時代のポスター、カレンダー、生写真・・・。
「プライベートな電話番号も知っている同級生のストーカーとは、はて、奇特な奴じゃ」
回ってきた写真に見入る飯田たちは、言い知れぬ不気味さを感じたものか押し黙っている。
「そのまま信じるわけにはいかないかもしれないね。他には?」
「ふむ。副業かの」
「ただのエンジニアじゃないんだね」
「見るがいい」

老医師の内ポケットから二つに折りたたまれた雑誌が取り出され、吉澤の手に渡った。
巻頭グラビアは、見たこともないタレントのヌードである。内容も、風俗や社会に広く散らばる
ゴシップを無造作に掲載した、いわゆる「エロ本」だ。
こんなのの何を見ろって言うのかな教授は・・・パラパラとめくっていた吉澤は、やがて眉間に
皺を寄せ手を止めた。タレントの醜聞を並べ立てた特集記事である。
もちろん、その内容に目を奪われたわけではない。

「取材・文 ・ ・ ・ ・ 西野 ・・・晃一」
「ほう。さすがじゃ。奴がスカウトするのもわかるわい」
「これが?」
「その通り。殺された東出の副業は、フリーのライターじゃ」
「ライターか。そうか・・・・・」
二人の会話を黙って聞いていた矢口が、はっとする。

「まさか、あの話!?」
「知っておったか。まあ二人の仲じゃからの」
中澤と矢口が、という意味だろう。
矢口なら知っていても不思議ではない。
そっか、なるほど・・・と一人で頷く矢口に、飯田は怪訝な顔で「何よ矢口、話してよ」と詰問
しかけたが、吉澤の次の一言に遮られた。

「そっちはどうだったの教授」
「まず間違いなかろう。裕子ちゃんだけではないぞ。圭ちゃんにも話が及んでおるらしいわ」
「だから何よぉ」
飯田が声を荒げることで打開をはかるまでもなかった。

「引き抜きだよ」

手にしたグラスを見つめつつ答えをはじき出したのは、後藤真希だった。





BACK   NEXT