第10話


<Chapter.9>

「ワシの前に、そちらの事情を聞いておこうか」
「い、いつの間に!?」
飯田が笑顔で空けてくれたど真ん中の席に腰を下ろす老医師を、娘。たちばかりか元ハンター
までが驚愕の表情で見ていた。

別に話に夢中になってはいないし、スペンサー・渡もこちらを向いて話を聞いていた。
引退したとはいえ、元ハンターである。気配には人一倍敏感のはずだ。
ではこの老医師は、ドアに付けられたチャイムを鳴らしもせず、店主にも気配を気取られずに
店へ入ってきたというのか。

「何をしておる。君も来なさい」
「げっ、み・・・・」
教授の声を眼で追った吉澤が、今度こそ絶句した。
「こら、椅子が足らんぞ。奥に転がっておるのを拭いて持ってこい」
スペンサーが慌てて奥へ姿を消すのとほぼ同時に、ドア横の暗がりから姿を現したのは
「美弥子さん!」
であった。

「こんばんは。みなさん、お久しぶりです。後藤さん、メールどうも」

薄暗い照明をものともしない天与の美貌は、それ自体が輝きを放っているかのようだ。
しかし、得体の知れないと言っては失礼だが、見るからに曲者の老医師はともかく、この
美女も、まるでドアを抜けたかのように気配もなく入店したのか。
言い知れない不気味さと紙一重の驚嘆に全員の顔が染まる中、吉澤だけは表情を僅かに
曇らせた。

店主がようやく持ってきた椅子に看護師が腰掛けると、教授は「何を驚いておる。ワシと、
みんなの運転手じゃ。帰りはそうだの・・・よっすぃーの膝の上がいい」と笑った。
「それぐらいかまわないけどさ・・・・」診療所にいる以上いずれわかることだが、吉澤は
教授へ依頼の電話をかけたとき、わざわざ美弥子さんには秘密に、と念押ししていた。

「美弥子は、相手の精神に同化していつのまにか癒しちまう。使うエネルギーを考えて
みろ。お前にできるか」

"相棒"の言葉が甦る。

患者の病ばかりか心をも癒すのを生きがいとする看護師に、余計な心配はかけたくない
のが本音だったのだ。
それがここにいるということは、知り合って以来メールを交換しているという後藤からその
耳へ入ったらしい。
吉澤に睨まれた後藤は案の定、舌をペロっと出してすっ惚けようとした。

「ちょっと真希ちゃ・・・・」
「待てい。あいぼんたちの話が先じゃ」
「そーだよ、はやく聞きたいっ」

吉澤はここぞとばかり加勢する後藤に苦笑いするのだった。



冷蔵庫を物色すると、いかにも石川が好みそうなドリンクがずらりとホルダーに並んでいた。
中から封を開けていない一本を失敬し、一口飲りかけた藤本は何者かと電話する石川の声を
耳にして立ち止まる。
プライベートに電話を立ち聞きするほど野暮ではない。リビングでひと休みすることにしよう。
今夜は急遽、石川の家に泊まることになり、たったいま入浴を済ませたところであった。

(ふう・・・。参ったなあの子たちにゃ)
ひと息ついて、つい2時間ほど前のことを思い出す。


飯田が言葉を切ると、先ほどと同じようにメンバーの間にわだかまる空気は沈黙で支配された。

いつのまにかすっかり片付けられたテーブルを見つめる加護、寄り添う安倍の手を握り締めた
まま動かない辻。そして、「親分」と慕う吉澤の側で唇をきつく結んでいる小川。
三人だけではなかった。
ドア一枚を隔てて話を聞いていたはずの高橋と紺野も、あらためて聞く事の重大さを噛みしめて
いるものか、一言も発することが出来ないでいる。

加護の対面に腰を下ろしていた藤本は、愛らしい瞳に涙が浮かんでくるのを恐れていたのだが、
その兆項は現れなかった。
ハワイで、行き場を失った恋心がささやかな暴走となってしまった加護亜依。
終りを告げた悲恋がもたらした変化は、少なくとも日常では表出してこなかった。
だが。

「そんなことや思ってたわ」
下がっていた視線が、一斉に集中する。
加護はテーブルを見つめたままだった。

「ウチらしかおらん。そうやろ、のの?」
何かを決意した表情で、相方を見る。
今度は辻が注視される番だった。

「 ・ ・ ・ 」
無言で頷き賛意を示す彼女の表情は、ソロ写真集でかいま見せた大人のそれに近かった。

もっと派手に泣き叫ばれるものと覚悟していた年長組の顔を、安堵の色が染めていく。
同時に浮かぶのは、微笑であった。

「やりましょうよ。中澤さんのアリバイを証明してくれる人、探しましょう!」
小川がいきなり力瘤を作ったので、アッパー・カットを寸でのところで避けた吉澤が驚いている。
その鮮やかなスウェー・バックも驚嘆ものだが。

「見つかりますって、絶対!」
もともと低くないトーンが、さらに高くなっている小川である。
この楽天家ぶりは、けっして彼女本来のものではない。
場の空気を察して、咄嗟に自分の役割を判断したのだ。番組のレギュラー・コーナーで中澤の
薫陶を直接うけている賜物であった。

いつもと変わらない天真爛漫な笑顔に、まず安倍が「ぷっ」と吹き出した。続いて矢口が、
石川が、クスクスと笑い出す。
ハワイで、ともすれば人間関係に亀裂を生みかねない危機を全員の奮闘で乗り切った彼女
たちだからこそ、出し得る笑顔かもしれない。

「そうこなくっちゃ、まこっちゃん!かおりん、ウチらもやるよ。中澤さんの足取りを確かめれば
いいんやから簡単やわ。よっちゃん、あとで詳しいことメールしてな。のの、行こ」
詳しいこと、とは、おそらく犯行時刻のことを指しているに違いない。その時間に別の場所に
いたことさえ証明できればいい。
しかし、「行こう」とは・・・この時間からいったい?

飯田と顔を見合わせた矢口が「あいぼん、こんな時間からどこへ行くのよ?」と聞くのも無理
はない。
「決まってるやん!理沙ちゃんたちのとこや」
気合が乗っているときの加護は、普段は出さないよう意識している関西弁になる。

「こっ、これから?」
「そっ。ののんとこに集合かけんの」
「のんたちから話す。ちょっとショック大きすぎるからね」
飯田からだと、という意味か。
辻はあくまで明るく、新垣以下のジュニア・チームに話す腹づもりなのだ。
意外な申し出に大きな黒瞳をパチクリさせたものの、リーダーはすぐに笑顔に変わった。

「ほんとに大丈夫なんだね?」
念を押す安倍の目を見つめ返し力強く頷いた辻に目を細め、飯田はあらためて加護に
「任せたよあいぼん」
と告げた。
「うん!愛ちゃん、明日の朝作戦会議ね。まこっちゃん、あさ美ちゃん、遅れないでよ」
「わかりました!」

年長組の心配をよそに、加護たちはとっとと各自がとるべき行動を決めていくのだった。





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