第20話


<#4 錯綜−4>


時間が過ぎるのがこんなに遅いなんて…。
さっきまでいたカフェでもそうだった。喉が乾いたわけじゃない。
でも、何かしていないと、涙がこぼれるのを防ぎようがなかった。

ふと、ポストカードが目に止まった。
数種のなかでそれは、まるで安倍なつみを待っていたかのような光を放ち、
そして彼女は当然のように手を伸ばした。
はたから見れば、ちょっと無理目のホテルに泊まったOLが土産を物色して
いるように見える。

ただ、その頬を伝う雫だけが、真実を伝えた。

彼女が手にしているカードは、緑の中に佇むチャペルであった。

しばらくすると、上を向いて涙とため息をしまいこみ、フロアを出口へと向か
った。
(やっぱ伝えたかったな)いつもの輝きが消失した安倍の瞳には、もはや
周囲の光景は映っていないようだった。


少し離れたところから見守っていた二人は、慎重に距離をとって後に続く。
どうやらタクシーに乗るようだ。どこへ行くのだろう。
「ねえ泣いてない、なっち」飯田まで泣きそうだ。
「うん」矢口は、駆け寄って抱きしめたい衝動を抑えるのに必死だった。
こんな彼女を見るのは初めてだった。
本来そなわっているはずの清々しさと母性が、かけらもない。まるで抜け殻の
ようだ。

「どうする矢口」
「一人にしたらヤバいかも。追うよ」
二人はタクシーのb頭に叩き込むと、少し間を開けてやってきたタクシー
の後席に飛び込んだ。


車に乗ってすぐ、東京へ電話した。相手は言わずもがなだ。
「高科だ。教授はいるかい」
「穣也さん!?お久しぶりです。お身体の具合はいかがですか」
和久井美弥子の声は、いつも清々しい。
「誰に言ってるんだ?全開になって4ヶ月にもなるぞ」
「うふふ、相変わらずですね。いま噂してたところです。かわります」
こんなんで用件がわかるのかよ。相も変わらず、すげえ看護士兼秘書だな。

「わしじゃ。うまく行ったか」教授は挨拶抜きだった。
「何がだ」
「とぼけなさんな。サプライズ・パーティーじゃよ」
なぜ知ってる、というのは愚問だ。あの事件以来、つんく♂と意気投合して、
たまに飲んでるらしいことはスペンサーから聞いていた。
パーティーはつんく♂の原案によるが、こりゃ教授も一枚かんでやがったな。

「その話はあとだ。大至急、調べてほしいことがある」
「御代田宗一の素性なら、調べはついておるぞい」
へん、その程度じゃもう驚かんぞ。
「ちょっと待ってくれ・・・・・・・・いいぞ」
メモを膝の上に置き、教授の話に聞き入った。
助手席のひとみは、固唾を飲んでいる。

御代田宗一、29歳。モーニング娘。の所属するレーベルとは同系列・別会社
"ピッコロ・タウン"の広報部所属。品行方正、真面目さに定評。
家族構成は両親に姉と弟がひとりずつ。あと、今秋にひとり加わる予定。
ハロプロの面々が集うオムニバスアルバム「FS」の担当だった男だ。
だった、というのは、最近になって担当を外されたことによる。この秋からは、
結婚を機にというわけではないが、全く別の部署へ移るという話が出ている
らしい。

問題は、まずまずの成功を収めているにもかかわらず、異動になる理由だ。

「娘。の誰かと交際しておるらしいの」

教授が言いにくそうにするときは、真実に近い確証がある場合に限られる。

「わかった。だいたい想像はついてる」
「そうか。考えたくはないが…なっちは元気にしておるか?」
「昨日まではな。これから聞いてみるよ」
「くれぐれも慎重にな」
最後に孫娘を心配する祖父の声になった教授に礼を言い、車をスタートさ
せた。


(あれ…飯田さんだ)エントランスへ入る直前、走り去るタクシーの後席に、
頭一つ飛び出た飯田の後姿を発見し石川は思わず立ち止まった。
モデル並みの長いうなじに、周囲にも大好評の黒髪。そして、昨日お揃いで
買ったカチューシャ。見間違えようがない。
「どうかした」
藤本が石川の視線の先を見ながら言ったが「ううん、行こ」と曖昧に否定
した。いま考えなければならないのは・・・。

部屋へ戻ると、危惧したとおり加護の姿がなかった。少したって、念のため
確認に行かせた高橋も、バッグがなくなっていると報告した。
「ねえ、ひょっとして…」
「うん」
間違いない。ののは、あいぼんを探してる。
ののが必死になるといったら、食べ物以外では親友のことしか考えられない。
でも、あいぼんは何故いなくなったりしたんだろう。

「あの、もしかしたら、なんですけど」
腕組みをして考え込んでいた紺野が、皆の顔を見ながら言った。
「何か知ってるの」石川が冷静な声を出したので、藤本は驚いた。
「今朝のニュース番組で、日本人観光客が殺されたって…。御代田って
名前の人です。どっかで聞いた覚えがあって・・・ずっと考えてたんです」
彼女だけは知っていたのだ。

「ミヨタ?」
藤本が財布から名刺を取り出した。
「やっぱり。ピッコロ・タウンの広報だよ、御代田さんて」藤本はFS3の時に
もらった名刺を石川に見せた。
その顔を思い出した石川の中で、パズルが完成していく。

あるとき、御代田が娘。の楽屋を訪れたことがあった。保田と矢口が参加
した「4」のプレス用コメントを作成し、了承を得に来たのだ。
帰ろうとした御代田に、加護がまとわりついた。何でも、吉澤にくっついて
行ったパーティーで知り合ったとか。

「食べ物の気配を感じたのかと思ったらさ、会場の隅っこで御代田さんと
ベッタリでやんの。背伸びしたいんだろうね。あたしたちも同じだったじゃん」
吉澤を呼んだのは御大だった。次の企画があったら、ぜひ使ってあげて
ほしいと、紹介するためだったらしい。
だが、それよりも前に中澤が引きあわせていたメンバーがいることを、石川
は確信していた。
楽屋を出る寸前、御代田は目的の二人から目線を外し、さらに奥へ合図を
送ったのだ。その先にいたのは…。

「探すのよ」
石川は年少メンバーを見回しながら宣言した。
あのひとは大人だから。でも、亜依ちゃんは。
全員が自分の眼を見て頷くのが確認できた。
「紺野ちゃんの言ったニュースが原因なら、絶対に放っておいちゃダメ」
「でも、どこを探せばいいんですか」
亀井が当然のことを訊いたが、石川に迷いはなかった。

「みんな、亜依ちゃんの気持ちになってみて。もし周りの人があんなことに
なっちゃったら、どうすると思う?」
好きなひと、という表現は、いまの段階では適切ではない。
「一人になりたい・・・・・・だれもいないところへ行きたいです」新垣が呟く。
「地元の人もあんまりいないビーチとか」意外に小川は冷静だった。
「考えたくないですけど、岬とか」高橋にも慌てた様子はない。

黙って聞いていた石川が、僅かに頷いた。
「そうね。あたしもそう思うな。この中で携帯が使える人、手をあげて」
何人かのメンバーが手を上げる。
「うん。そしたら、小川と亀井、高橋に田中、新垣は道重と。海岸線を中心
にお願い。紺野は・・・」
「一人で行きます。ダウン・タウンとかには近づきませんから大丈夫です」
「わかった。みんな、無理はしないで。危険だと思うところからは離れて」
いつもの愛称で呼ばれなかったメンバーの間に、緊張感が張り詰める。

「ねえ、念のために市街地も探した方が良くない?」藤本が考え深く言う。
「あたしたちが」高橋と田中が申し出た。
「お願い。いい、みんな、15分に一回でいいから美貴ちゃんに電話して。
いまどこにいるか教えるの。近くの建物とか」
石川の瞳が、強い意思を皆に伝える。何としても、二人を。
『はいっ』

「ダブっても仕方ないから、みんな地図を持って出て。ざっとでいいから、
最初にどのあたりを探すのか決めるの」
いつもの天然少女ぶりを忘れさせる石川の指示に驚きながら、藤本が
補足する。
「誰か写メ持ってるよね。うん、送って。それと、見つけたら刺激しないで、
すぐに知らせる。のんちゃんも同じだよ」
そこには、有能なブレインがいた。
『はいっ』
年少組の返事にも、絶対に見つけるという気迫が漲っていた。

「みんな、頼んだわよ」
石川の宣言を最後に、皆が行動を開始する。

「行きます」小川の表情は、天然少女『まこっちゃん』のそれではなかった。

「絶対に見つけます」新垣は辻を見かけたときに追わなかったことを後悔
しているような、哀切の表情で飛び出していった。

「見つけたらすぐに知らせます」高橋の声が落ち着いている。大丈夫だ。

「必ず…」大きな黒瞳から光を放ち、紺野もダッシュして行った。加護の
異変に気づいていた彼女は、少し責任を感じているようだ。

それぞれのパートナーを伴って街へ散った5期を見送り、「あたしたちも
行こう」と石川は側の藤本に声をかけた。

モーニング娘。の捜査線が、ホノルルの街に展開した瞬間であった。





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