第18話


<#4 錯綜−2>


『グラザルコフ警部はいるかな』
『あなたは?』
おやおや、ここには何度か来たことがあるが、意外と知られちゃいないな。
数少ない東洋人のハンターで、腕もまともだってのに。

『ジョー!』
身分を明かす前に、奥から懐かしい声が俺の名を呼んだ。上下ダーク・
グレーのスーツを来た白人の大男が、大股で近づいてくる。ちょっと小太り
の笑顔がはちきれそうだ。

『よう、DR.J。久し振り』
『はっはっはっ、おい元気だったか。あれ以来だな』
『もう2年近くになるか。変わってないね』
『稼業はうまく行ってるか。少し痩せたんじゃないか』
がばっと抱擁をかわし、肩をたたきながらそう言ったのは、ジェームス・
グラザルコフ警部=通称・DR.Jである。
別に、元NBAのスーパースターに似ているわけじゃない。ポリスを志望
する前は医者を目指していたという経歴によるものだ。


Jとは、彼が日本へ逃げ込んだ国際指名手配犯を追って来日し、世話役
をおおせつかって以来の仲である。
滞在中、ホテルで燻っているのはつまらんと、同行の刑事と一緒に街へ
くり出すのに毎晩のように付き合わされるほど、くだけた男だった。
ちょっと年上だが、俺にも『J』の愛称で呼ぶことを許してくれたし、片言の
日本語も話せたので、キャバクラで大人気となったのを今でもはっきり覚え
ている。

手配犯を逮捕して離日するとき、ハワイに来たらいつでも訪ねてこいと、
アパートの住所まで教えてくれた。結局、在職中にそれはかなわなかった
が、ハンターとなって初めてハワイを訪れたときにコンドミニアムの一泊分
を儲けさせてもらった。翌日の二日酔いはオマケにすぎない。
以後、ハワイを離れるまでJは俺に協力を惜しまず、俺もまた積極的に力を
を貸した。ハンターの人脈とは、こうして出来上がって行くものだ。


積もる話は山ほどあるが、そいつは次回に持ち越しだ。
『まあ順調かな。それより、例の事件だが』
『あれか。残念だが俺は担当じゃないんだ』
『知ってるよ。プライスだろ』
すぐ横でそっぽを向きながら、ひとみは耳がダンボ状態だ。
プライスとは、さっき会見していた男のことである。Jに紹介されたことも
あって、形としては市警の「2トップ」と懇意にしているのだ。

『そうだ。呼んで来ようか』
『まだ会見中だろう。それより、ちと気になることがあってな』
『何か情報を持って来たのかい』
『いやまったく。けど、放っておけなくてさ』
『気持ちは分かるが、あまり無理は聞けんぞ』
『遺留品を見せてくれるだけでいいよ』
Jはチラリと後ろのひとみを見ると『わかった。けど、そちらのレディにはここ
で待っていてもらうことになるな』と言った。
それは承知のうえだ。ハンターの免許を持たない人物が入り込めるのは、
ここまでだった。全米で固守されている、動かしがたいルールである。

「聞いたか。ここで待ってろ」
「うん。早くね」
ひとみは全く抗うことなく承服した。無理とわがままの区別がここでつくとは、
なかなか勉強してやがるな。
『そこに座っていてもいいですか』
ひとみは鮮やかな英語でソファを指差した。
『こりゃ驚いた。まだロー・ティーンだろう。よく勉強してるね』
ひとみはちょっとムッとして『もう18です。いまの一言で傷つきました。ドリ
ンクを要求します』と返した。最後に笑顔をつけるのも忘れない。

悪いジョークと紙一重の要求を受け容れ、一言ひとみに謝ると、Jは俺を
案内しながら言った。
『おい、あんな娘を連れてきていいのか。一般人だろう』
ちと違うが、まあ素人というのは当ってる。半分だけな。
『いまは経験が大事なときでね』
『な…まさかお前、あの娘をバディに?』
『何年後かはわからんが、有力候補というより、ほとんど内弟子だ』
Jは両手を広げて『お前の考えが理解できん』と表現した。そりゃそうだろう、
普通はな。一緒に動きゃ分かるって、吉澤ひとみという女の凄さが。

何枚か過ぎたあと、Jはあるドアの前で立ち止まり、ここだ、と示した。
後に続いて入室すると、テーブルの上に遺留品が並んでいた。無論、少し
緩めのパウチを施されている。
遺体は収容後すぐに司法解剖に回され、剥ぎ取られた品の数々がここに
並んでいるわけだ。
といっても、衣服と財布、そして…。

『これか』
『そうだ。財布の中身は、そいつと日本のKARAOKE BOXのメンバーズ・
カードだけだった』
『そりゃおかしいな』
言いつつ手にした遺留品を見る。国際免許証だった。その顔写真は、確か
に日本人だ。氏名も御代田宗一で間違いない。しかしこの男…。俺は数秒
免許の写真に見入った。

『どうした』
『…いや。首を持ち去っておいて、こんなものを残すのか、最近の強盗は』
『プライスもそれで頭を抱えてる。隠したかったのか、それとも…』
『偽装か』
『そうだ。容疑者を絞り込ませないためだとすると、動機は怨恨しか考えら
れん。しかし被害者の身元すら分からんのではな。手詰まりってやつだ』

いずれにしろ、市警としては遺留品と、まだ報告があがっていない司法解
剖の結果をアテにするしかない。観光客なら、ホテルの周辺やスポットなど
で被害者を見た人間がいるかもしれない。そこから捜査を進めるぐらいしか
別手段はないわけだ。
俺は次に、衣服にうつった。左脇腹に大きな血の痕。襟にもおびただしい
出血を物語る染みがついている。ひとみを残してきて正解だったな。
いくら気の強いあいつでも正視できたかどうか。たちまち部屋を飛び出し、
口をおさえて右往左往なんてことになったかもしれん。

『ん?こりゃぁ…』
俺はポロシャツの上部に残されたそれを見て、光を当てる角度を変えた。
『何だ?』
Jが血相を変えた。こういうとき、直感でものを言わない俺をよく知っている。
正面から見ただけでは分かりにくいそれは、一番上のボタンにだけ刻印
されていた。
直立したイルカの手に銛…神の使いと言われる動物に似つかわしくない、
一撃必殺の武器を持たせたブラックジョーク。なるほどな。

『見てみろ』
手にした衣服を、俺と同じように角度を変えて見ていたJは、水平に近い
ところでそれを発見し、たちまち目つきが鋭くなっていった。
『こいつは…』
国際免許証という有力な物証があるのだ。軽視されたのも無理はない。
『掃討作戦は失敗だったようだな』
Jはテーブルの上に放り出すと『えらい嫌味だな。残党を駆逐しきれてない
のは確かだ』と渋面に変わりつつ言った。

『だとすると』
『…そういうことか!』
『プライスに言っとけ。”莫大な渡航費用を市警持ちにしたくなかったら、
家族を止めろ”ってな』
『ああ、そうするよ』
Jの相槌を最後に、俺たちは部屋を出た。

受付へ戻ると、ひとみは待ちかねたように「どうだった!」と叫んだ。デカい
声だな。まあ待てって、俺たちの睨んだとおりだからよ。
答えず俺は、忙しく電話をかけまくるJに挨拶した。
『じゃあよ、DR.J。達者で』
彼は受話器を置くと、コーヒーでも飲んでいけと言ってくれたが、そんな
余裕はない。
『また今度、ごちそうになるよ。世話をかけたな』
『どうってことないが…いきなり行くつもりか』
『いや、"船長の砦"へ寄ってからだ』
『なるほど、その方が確実だ』
Jは、最近は行ってないからマダムによろしく伝えてくれ、と結んだ。


警察官の顔になった友人に別れを告げ、「もったいぶらないで話してよ」と
騒ぐひとみを促して刑事課を後にする俺たちの背中を、『Good Luck』とい
う、縁起でもない言葉が背中を叩いた。





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