第12話


<#3 慟哭−1>


デビッドがリードを引っ張る力がいつもよりも強い。バーナード・レクスターは少し
だが、不安を感じていた。ポインターは猟犬だ。周囲に漂ういつもと違う空気を、
敏感に察知する。
昨年、バンクーバーで狩りに出たときなど、誰も気付かなかった熊の気配を
仲間に知らしめるために、30分も吠え続けた。
そのデビッドが、いつもと違うコースをずんずん進んで行く。初めての場所では
ないが、地元の『まともな』住人は、あまり近づかない通りへと入っていた。

デビッドが立ち止まり、飼主を見上げた。この公園に何かあるのだろうか。
レクスターは、忠実な飼犬の意を汲むことにした。猟犬は飼主を守るために、
どんな敵にも立ち向かう本能を持っている。その彼が自分をここに案内したと
いうことは、少なくとも命の危険はない。そう判断して公園に足を踏み入れた。

数分後、恐怖に青ざめた顔と怯えた声で携帯電話と会話するレクスターと
心配そうに寄りそうデビッドが、足早にもと来た道を戻って行った。



ようやく藤本が目を覚ました。さっきから何度おこしたかわからない。
「もー朝ごはんなんかいらないってー」
もともと低い声がガラガラだ。
「なに言ってるんですか。朝はちゃんと食べないとだめです。人間はそういうふう
に出来てるんです!」
「わかったから、おっきな声ださないで…」
「早くシャワー浴びてくださいよ」
完全に二日酔いの藤本にバスタオルを渡すと、紺野はバルコニーへ出た。
既に気温が上がり始めている。

(大丈夫かなあいぼん…)ここ数日、元気の塊である加護の様子がおかしいこと
に、彼女も気づいていたのである。
昨夜おそくドリンクを買いに(部屋の冷蔵庫に好みのがなかった)出たとき、散歩
から戻ってきたらしい加護とすれ違った。
「あ、あいぼん。おやす…」無反応なだけではなかった。
(泣いてる?)ふっくらした頬に残る涙の跡に、紺野は気づいたのである。
「あれ、あさ美ちゃん」通り過ぎてしばらく歩き、加護は思い出したように振り
かえった。
「どうかしたの」泣いたりして、とは聞けなかった。
「ううん何でもない。散歩してきただけだよ。おやすみー」
それだけ言うと、まるで話したくないとでもいうように行ってしまった。

同い年とはいえ、先輩後輩ということもあって、まだ肝胆相照らす仲ではない。
けど、やっぱり気になる。のんつぁんが気づいてくれてるといいけど…。
紺野は、辻が昨夜のうちに加護のもとを訪れ、一晩中話し込んでいたことを
知らなかった。

「お待たせ…うぷっ」
「フレッシュ・ジュースでも飲めば治りますよ」
まだ足元が怪しい藤本の腕をとり、紺野はカフェへ向かった。
その笑顔は、涌きあがる不安を無理に消そうとしているようであった。

吉澤ひとみの朝は早い。もとい、吉澤ひとみは、朝に弱い。
「よっすぃー、おはよ!朝ごはん食べに行こ」
完全に覚めきらない目に飛び込んできた石川のテンションは、今朝も健在だ。
(あれ…なんで梨華ちゃんがいるんだろ)同室は辻のはずなのに。吉澤は半分
眠ったままの頭で、昨夜のことを思い出す。
ああ、そっか。加護ちゃんのところへ…。


昨夜、ジョーとの甘い時間(?)を過ごして自室へ戻った吉澤は、バスルームから
流れてくる怪音波に耳を疑った。
「♪♪えーいがにも行きまーしたっ♪きんちょぅおーでおぼえてなーいーよー♪♪」
二期タンポポだけでなく、ユニット史上に残る名曲とファンの間でも評価の高い
『恋をしちゃいました!』である。音源は言うまでもない。
バスルームから出てくるなり、質問を浴びせた。
「なんで梨華ちゃんがいるの」
「なによその言い方ぁ。あたしじゃ嫌なの」
「やや、違うけど、つーじーはどこいったのかなと思って」

石川によれば、さあお風呂♪というところに辻がやってきて、加護と深刻そうに
話しはじめたのだという。その泣きそうな表情をみて、ここは二人にした方が
いいと思った石川は、辻とルームキーを交換して吉澤の部屋へやってきた。
ジョーに言われたものの、考えてみれば相方の辻が気付かないはずはなかっ
たのだ。


「さっ、行くよ」ちゃっかり着替えも持ってきていた石川は、既に短パンとノースリ
ーブに着替えている。上はやっぱりピンクだ。
「いつまでぼーっとしてんの。起きなさいよっすぃー」
「ほーい」
シャワーはあとでいいや。とりあえず加護ちゃんの様子を確かめなきゃ。
着替えている間、鼻歌を歌いつつガイド誌に目を通す石川を見て「これじゃいつも
と変わんないじゃん」と運命(?)を感じる吉澤であった。

カフェへ下りていくと、最年長の3人以外は既に席に着き、朝食をとりはじめていた。

昨夜の一件を冷やかすような会話も、若干だが聞こえてくる。

「さあて、なぁに食べよっかな」石川がメニューを取った。
バイキングなどという陳腐なものではなく、ちゃんと朝食用のメニューがある。
「えっとぉ・・・・・・・・・・よっすぃー決めて」
全頁英語だった。とりあえずジュースだけ注文して料理を選んでいると、辻が
やってきた。

「梨華ちゃん、ゆうべはごめん…」
「いいのよ。亜依ちゃんは?」
石川は優しいお姉さんの顔だ。
「んとね、だいぶ落ち着いたみたい」
「あとで教えてね」
「うん。よっすいー、ごめんね」
「いいけど、メモぐらい残してってよ」
「今度からそうする」

(今度から?)吉澤は眉を寄せた。じゃ、また後でね、と手を小さく振って加護の
もとへ戻っていく辻を見ながら(ひょっとして、まだ…)と考えていると、石川が
「ちょっと美貴ちゃん大丈夫!?」と声をあげた。
見ると、高橋・紺野と3人が同席するテーブルで、藤本が額にタオルを乗せて
ぐったりしている。さては…

「なに美貴ちゃん、二日酔い?」吉澤の問いにも、答えはない。
「すんごい臭いんすけど」
隣に座った高橋が苦笑している。
「安倍さんも酔っとってえ、けどケタが違うですよ」
「っさいなあ」やっとタオルを取った。眼が真っ赤だ。「あんたたちが飲まないか
ら、あたしが飯田さんと飲み比べする破目になったんでしょぉ」
「そんなことしてたんですか。勝てるわけないのに…」紺野が突っ込む。
「仕方ないじゃん、安倍さんは寝ちゃうし、よっすぃーはジョーさんと話し込んじゃ
うし、梨華ちゃんはニコニコしてるばっかで…うぷ」
「はぁぁ…だめだこりゃ」
思わず顔を見合わせる、石川と吉澤だった。





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