第11話


<#2 慕情−7>


飯田と矢口は、酔い覚ましにロビーで寛いでいた。その手にはさすがにソフトドリンク
が握られている。
「はぁ…信じられないことするよね、つんくさん」
矢口が呟いた。
「ジョーさんもだよ。二人とも、足長おじさんにでもなったつもりなのかな」
飯田が電波を発していない。
「つんくさんって、昔っからそうだもんね」
「だね」

究極のデコボコ・コンビと言われる二人は、一緒にタンポポの創世期を作ったことも
あり、仲はいい。とくに、保田からいくらもたたないうちに発表された安倍の卒業に
よって矢口のサブリーダーとしての自覚が育ち、結びつきはより深くなった。
保田が起点となった飯田・安倍の以心伝心に近いものになるまで、そう多くの時間は
必要ないだろう。

「明日はどーする?」
「まだ考えてない。たぶん、お買物するぐらいで、のーんびり、まーったり、して過ごす
かな。気が向いたら絵でも描くか」
飯田らしい答えだ。
「ふむ。たまにはいっか」
「でしょ」
優しい笑みをかわしていると、人影がロビーに入ってきた。

「辻ちゃん!?」「へっ」
辻は立ち止まって「いけね」という顔を見せたが、すぐに近づいて来た。
「風が気持ちいいよー。二人も行ってきたら」
「散歩してたの?」
「こんな夜中に、一人で?」
「べつに大丈夫だったよ」
ホテルのセキュリティは確かに万全だが、一人で行動するのが苦手な辻が…?
そのとき、釈然としない二人の視界を、別の人影がかすめて消えた。

「あれっ」
「ね、いまの…」
「何かいたの!?」辻は急に甘えん坊に戻って飯田にしがみついた。
「こら。やっぱ怖いんじゃん。キー持ってるんでしょ。部屋に戻ろ」
「うん」
エレベータに向かいながら、飯田と矢口は首を捻った。
(っかしいな。部屋で寝てるはずだよね。まあいいや、明日きいてみよ)二人とも
同じ事を考えていた。


俺の方は既に片付いていた。吉澤は、レストルームでコップをすすいでいる。
クアーズを新しく抜栓して声をかけた。
「ひとみ、明日はどうするよ」
反応はなかった。水音も止まらない。
「聞こえないか。おーい」
「聞こえてるよっ」
「なんだよ、その顔」
「だーってさぁ」顔を出したひとみは、満面に笑みを浮かべていた。
皆の前で堂々と呼べる度胸がなくて、悪うござんしたよ。
「ん、約束があるか。石川と」
「何もないよ。もしかして、どっか連れてってくれんの?」
「正解」
ファイナル・アンサーと言うチャンスもなかった。バカでもわかるか、こんなクイズ。
最後のコップをすすぎ終え、ひとみはピョンピョンと跳ね戻ってきた。

「はしゃぐなよ。暇ならドライブでもどうかと思っただけだ。俺にとっても休暇だし」
「行くっ!梨華ちゃんに誘われても無視するっ」
「おいおい、いいのか」
「へーきだよ。梨華ちゃんならわかってくれるから」
「そうか。じゃ、穴場へでもご案内しますかね」
「へえ、詳しいの」
眼が輝いてやがる。何を期待してんだよ。

「ハンターになりたての頃に半年ばかりいたことがあってよ。知り合いも出来たんで、
休暇はだいたいこっちでとってた」
「ふーん。でも久しぶりなんでしょ」
「ロスへ戻って4ヶ月、休まなかったからな。その前もあわせると…」
「よく頑張れたじゃん」
「ま、逢うためだ」

言ってからしまったと思ったが、もう遅かった。
ひとみはこういう台詞に滅法弱いのだ。電話で泣いたこともある。
「ジョーさん…」
「何だ」
「やっぱいま言っとく」
「ストップ」
とひとみの唇に人差し指を当てる。危ないところだった。

「そういう台詞は、別れのときに使うもんだろ」
「まだなんも言ってないよ」極めて不満そうだ。
「ったく…」
雰囲気が変な方へ傾いてるのを怒らせずに止めるのには、神経を使う。

「ま、気持ちはありがたく受け取っとく。部屋へ戻って寝ろ」
「はん?」
ひとみは、間抜けな反応(こういうところも魅力的だが)を示した。
「悪いが眠い。まだ時差ボケが直ってないんだ」
「たった3時間じゃん。…は、そういうことですか」
「勘違いするな。時間はたっぷりあるってことだ」
べつに今夜でなくてもいい。

「わかった。ごめん遅くまで」
まだ何か言いたそうな顔をしたものの、どうにか納得してくれたようだ。
「11時ぐらいでいいか。着いたとこで昼飯だ」
明日のことに話を戻すと、ひとみは破顔した。この笑顔を見たいが為に、俺は遠く
ハワイまで遠征してきたと言っても良かった。
「うん。初デートだねっ」
「そういうの、よく平然と言えるな」
「そーかな。じゃ、おやすみ」
ひとみは最後にウインクを置いていった。

モーニング娘。と俺のバカンス一日目は、こうして終わりを告げた。

俺も、ひとみも、このときはまだ知らなかった。
あの娘の葛藤を。

あの娘の悲恋を。


そして、事件は起きた。





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