第7話


紺野のお弁当を食べ終わってしばらくした頃。
続々と他のメンバーたちがスタジオに現れ始めた。

「おはよーございます。ってあれ? 後藤さん、えらい早いやないですか」

加護がびっくりしたように目を見開く。

「今日は雨ですかねー」

一緒に来た辻が悪戯っぽく笑った。

あたしは一時間勘違いをしていたことは黙って、ただ笑い返す。
なんとなく、今までの時間をナイショにしたかったから。
なのに、加護はあたしと紺野を見比べながら減らず口を叩く。

「もしかして、紺ちゃん、苛められとったん? 辛かったらうちに言いや。いつでも後藤さんをシ
メたんで」

「加護ーっ! 朝から可愛くないぞー」

うりゃーとか言いながら、加護の頭をぐしゃぐしゃにしてやった。
加護は、ひどーっと笑いながら叫び、ご機嫌に笑う。
辻は、そんなあたしたちを見ながらけらけら笑っていた。
紺野も遠慮がちに、でもしっかりと笑っている。

「朝からテンション高いっすねー」

テンションの低い声に顔を上げると、よっすぃーが呆れたように突っ立っているのが目に入る。
彼女は今回の曲のメイン。
今日、恐らくもっとも夏センセイにしごかれるヒト。
そりゃテンションも低いだろう。
あたしは、あははっと笑って、ひらひらと手を振って挨拶を返した。
頑張ろうねーって意味も込めて。

「はーい、集合!!」

カオリの声に、あたしたちはじゃれあいを止めて移動する。
時刻は10時過ぎ。
最後にポンって紺野の頭に手を置いた。

「行こっか」

緊張を浮かべていた紺野は、あたしを見上げて、そして微かに表情を和らげてくれる。
それだけで十分だった。
頑張ろうね、とか、緊張しなくていいよ、とかの言葉は掛けられなかった。
だって多分もう本人が一番分かっている。
それ以上言うのは、かえってプレッシャーになりそうだったから。

だからあたしは、せめてと思って、出来るだけ柔らかい笑顔を紺野に向けたのだ。

いざ夏センセイが来てレッスンが始まると、自分のことで手がいっぱいだった。
全体の振り付けが終わってから、よっすぃーとなっちとあたしで、ソロパートの振り付けを受ける。

「もっとシャープに! キレが悪い!」
「何恥ずかしがってんだ。半端な動きは余計みっともないよ!」
「大きく動いて。男役なんだよ」

すぐに汗だくになっていく。
一番注意を受けているのは、やっぱりよっすぃーだったけど、あたしもいっぱいいっぱい。
鏡に映る自分と、夏センセイの動きを見比べて、動きを体に叩き込む。

昼食の休憩は、あたしたち三人だけ後回しになった。
他のメンバーが隣の部屋で、スタッフの用意した食事を済ませている間、あたしたちは徹底的
にしごかれる。
一時間後、食事を済ませたメンバーが戻ってくると、入れ替わりで一時間の休憩が与えられた。

タオルをかぶって隣の部屋に行く。
マネージャーさんがスポーツドリンクを渡してくれた。

「お疲れ様」

「ありがとう」

ドサリと椅子に座って一息で飲み干す。

「くっそー、覚えられねぇ!」

よっすぃーの悔しそうな声がした。

「まだまだこれからだよ。ちゃんと食べて、午後からも頑張ろう」

なっちの前向きな声。

食べ過ぎないように、でもしっかり食べて、水分も補給して。
あたしたち三人はスタジオに戻る。
そこでは、最初から最後まで通しのレッスンをしているメンバーがいた。

あたしの目は紺野を追ってしまう。

ぎこちないなりに、一生懸命頑張っている紺野。
今回彼女のパートは目立たない。
だけど。

「紺野! 迷うな。一人の動きが迷えば、他のメンバーに迷惑が掛かるんだよ!」

そう。人数が多いと、ちょっとしたミスでもぶつかったりしてしまうのだ。
唇を噛み締めて俯く紺野に、夏センセイの厳しい声が飛ぶ。

「返事は!」

「はいっ、分かりました…っ」

上擦った紺野の返事。
泣きたいのを堪えているのか、悔しいのを堪えているのか。


「ごっちん。さっきの続き、やろう」

なっちの声に促されて、あたしたち三人も、それぞれのソロパートを練習した。

日が沈んだ頃、レッスンは終了した。
なんとか全員で揃って最初から最後まで通せるようになった。
でも、細かいところはまだまだ甘さが残っている。

「各自しっかり覚えてくること。いいね?!」

容赦ない夏センセイの言葉に、あたしたちは「はいっ」と揃った返事を叫んだ。
解散の声に、「ありがとうございましたっ」と挨拶を返し、頭を下げる。
そして、シャワールームへ移動。

あたしはちらりと紺野を見た。
俯いている紺野は、どうやら落ち込んでいる。
傍には高橋がいて、色々と声を掛けていた。

シャワーを浴びてドライヤーで髪を乾かしているうちに、帰る用意を済ませたメンバーたちがど
んどん姿を消していく。

「お疲れ様ー…」
「お疲れ様です」
「また明日ー」
「ラジオ行って来まーす」
「頑張ってねー」

カチ…とドライヤーを止めると、残っているのは紺野と高橋の二人。
しかもレッスンが終わった状態のまま。

「…二人ともー? シャワー、浴びないの?」

声を掛けると、二人が顔を上げてあたしを見た。

「あ、はい。高橋、もう少しレッスンやって行きます」

隣で紺野も真剣な顔をして頷いている。

「ごめんなさい、後藤さん。わたし、全然覚えられてなくって…」

だから、あたしは誘う言葉を飲み込んだ。
レッスンに付き合うことも考えたけど、多分いない方が集中出来るんだろうって思った。

「そっか。……無理しすぎないようにね。明日も仕事だからね」

「はい…!」

紺野の返事を聞きながら、あたしは立ち上がって鞄を肩にかける。

「じゃ、お疲れ様ー」

「お疲れ様です」
「お疲れ様です」

二人の声を背中に受けて、あたしはスタジオを後にした。

………少しだけ、寂しい気分。

ま、いいか。サンドイッチの恩は、次の機会にしっかり返すことにしよう。
高橋は…紺野に付き合って残っているんだろうな。
同期の絆か。
羨ましいな……。





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