第4話


その日の撮影が終わった控え室で、あたしはやぐっつぁんをつかまえた。
なっちから言われたことは、分かったような分からなかったような…。
でも、あたしの鈍感さがやぐっつぁんを傷つけたらしいということは分かった。

「やぐっつぁん!」

「…………何?」

彼女は俯いてカバンの整理をしている。視線すら上げてくれない。

「ごめんっ!!」

イスに座っているやぐっつぁんの横で、あたしは立ったまま深く頭を下げた。
控え室にはメンバー全員が残っている。
何事?という視線を一身に浴びるのを感じながら、あたしは自分の足先と床を見つめていた。

「ちょっと……、ごっつぁん………」

気配でやぐっつぁんが顔を上げたのが分かる。
驚いたような、焦っているような声。

「ごめん、やぐっつぁん!!」

「や、ちょっと待ってよ。やめてよこんなとこで」

あたしの肩にやぐっつぁんの小さな手が掛かり、そっとそこに力が加わる。
促されるままに深く折った体を起こすと、あたしを見ているやぐっつぁんの顔があった。

「……ごめんね、やぐっつぁん」

「――別に…。勝手に苛立ったのは矢口だし」

背後でなっちが何事もなかったように話し出すのが聞こえた。
多分、なっちの気遣い。
ありがとうって心の中でお礼を言った。
なっちにつられて、皆の視線が解けていく。

あたしは、ほっと息をついて、やぐっつぁんの足元にしゃがみ込んだ。
上目遣いに彼女を見上げると、まだ少し憮然としている素直なやぐっつぁんの表情が見えた。

「ごめんね」

あたしはさっきからそればっかりを繰り返している。

「―――なんで矢口が苛立ったか…分かったの?」

「ごとうが鈍いから、でしょ?」

答えると、やぐっつぁんは軽く目を見開く。
大きな目がもっと大きくなった。
そして微かに強張った表情。
あたしはどうしたんだろう、と思いながら唇を開いた。

「ごめんね、ごとう、自分が鈍いって分かんなくて。でも、やっぱりごめん。原因があたしの鈍
さっていうのは分かったけど、何に対して鈍かったのか分かんない。だから…やぐっつぁんが
どうして怒ったのかも分かんない。――けど、怒らせてごめん。ごとうのせい、だよね?」

「………はぁ?!」

一息二息する分の沈黙。そしてやぐっつぁんは、思いっきり声を張り上げてくれた。
信じられないって顔をして。呆然としたようにあたしを見ながら。

「う……、ごめん。やっぱり……ダメ? 許してくれない?」

おずおずと窺うあたしの前で、やぐっつぁんは次の瞬間笑い出していた。
高いよく通る声を響かせて、賑やかに笑い声を振りまく。

「マジでー? つぅかさぁ、マジであんた鈍いよ! 鈍すぎ!! でも…それたごっつぁんなん
だよねぇ」

今度はあたしがびっくりする番。
……理由が分からないところで笑われるのって、居心地が悪い。
あぁ、やぐっつぁんもさっきこんな気分だったのかな……。
そんなことを考えた。

「あのさー、やぐっつぁん?」

「あー、悪い悪い。……もういいよ。ごっつぁんはさ、本当に鈍いってことが分かったから」

ようやく笑いを収めると、カバンを手にやぐっつぁんは立ち上がった。
あたしもしゃがみこんでいた床から立ち上がる。

「ごっつぁん。紺野誘って食事にでも行けば? 電信柱の影から見つめるだけのお姉ちゃんは
時代遅れだよ」

こそっと耳元にそんなことを囁かれる。

……紺野?

唐突な話題転換にきょとんとすると、やぐっつぁんは微苦笑を浮かべて肩を竦めた。

「矢口帰りまーす。お疲れさまぁ!」

「お疲れー……」

控え室を出て行くやぐっつぁんの背中に挨拶の言葉を投げて、あたしは紺野へ視線を向ける。
紺野はいつものように同期の4人で、控え室の隅の方に固まっていた。

紺野と食事かぁ。そういえば、あんまりオフで会ったことなかったっけ。
美味しそうに食事するコだっていうのは知ってる。

あたしの足は、いつの間にか紺野の前まで来ていた。
気配に気付いて紺野はあたしを見上げる。
律儀にイスから立ち上がる様子にちょっと笑ってしまった。

「こーんの」

「は、はい…っ!」

大きな黒い瞳と、緊張を浮かべた頬。
一途な眼差しはやっぱり可愛い。
あたしは自分の頬が緩むのを感じた。

「紺野、これから暇? 食事、一緒に行かない?」

するりと誘い文句が唇から零れ出る。
……と、紺野以外の視線を感じてあたしはちょっと視線をずらした。

―――うわ…。5期の皆さん全員での注目だよ。
てか、この状態で紺野だけを誘うのはナシ?

「あー…、高橋も、小川も、新垣も……時間があったら一緒しない?」

先輩としては、そう言葉を続けるしかなかったような気がする。
あたしは、積極的に後輩に関わろうとはしてこなかった。
取りあえずあたしがこうして後輩を食事に誘うのは初めて。
圭ちゃんや、なっちがちょくちょく誘ってるのは知ってたし、加護や辻とは友達同士のように遊
ぶ約束をしているのも知ってたけど。

紺野以外のコと食事するのは予定外というか、考えもしなかった。
だから、心の中でこっそり断って欲しいなぁと思った。
でも次の瞬間、他のメンバーが断ったら、たぶん紺野も断るんだろうなぁと思いついて、結構
複雑な気分にさせられる。

一番に口を開いたのは高橋だった。
にっこりと、お手本のような笑顔であたしを見上げ、

「ありがとうございます。喜んで」

それにつられるように、それぞれが参加の旨を告げてきた。
もちろん紺野も。

あたしは多少引き攣ってるであろう笑顔を浮かべながら控え室を見渡して、興味津々にこっち
を窺っている梨華ちゃんとよっすぃーを見つけた。
即座にあたしは二人を誘う。

「ねぇ、よっすぃーと梨華ちゃんも行こうよ」

一人で、5期のメンバー4人の相手は出来ないよ。
そもそも、あたしは自分から話題を振りまけるタイプじゃないし…。
あたしのヘルプを感じ取ってくれたのか、もしくはただ面白そうだと判断したからなのか。
二人はにっこり笑ってOK。

「珍しいシーンを見た気分だよ」

「ねー。ごっちんがねぇ。先輩になったねぇ」

「あのねー、梨華ちゃん? あたしこれでも梨華ちゃんよりも先輩なんだけどー」

あたしたちのやり取りを聞きながら、小川と新垣が控えめな笑い声を零すのが聞こえる。

やぐっつぁんに紺野を誘えって言われた時点で、あたしの脳内では自然と二人っきりの予定
が組まれていた。
ところが蓋を開けてびっくり。参加人数総勢7人。

うーん予定外。まぁ…別に二人っきりの必要性はないんだけど。
なんか……。ちょっと、残念。
―――なんでだろうな。予定が狂ったせいかな?

あたしはそんなことを思いながら、帰る用意を済ませた。
紺野と初めてのオフでの食事が始まろうとしていた。7人で。





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