第2話


その日、予定より少し押してテレビ番組の本番は無事終了した。
表情の硬かった紺野がNGを頻発したため。
まぁ、新人ということでスタッフも予想していた範囲だったのだろう。
収録時間は常よりも多めに取られてあった。

説教するタイミングが問題だったんだろうなぁ。

控え室で帰る用意をしながら、チラリと紺野の方を見た。
同期のメンバー四人で何やら話しをしている。
俯いている紺野に高橋と小川が明るく声をかけているのが印象的だった。

麗しい同期愛(そんなもんあるのかどうかは知らないけど)の一面って感じ。

視界の端で密かに様子を窺っているよ、そこに梨華ちゃんとよっすぃーが加わった。
二人はどうやら先輩として、フォローと励ましの声をかけているらしい。

ようやく紺野の表情にも笑顔が戻って、よかった…と思っていると、テーブルの上に出しっ放し
の携帯が震えた。
メールの着信。
ボタンを操作すると、やぐっつぁんからのメールだった。
やぐっつぁんの方を見ると、彼女は携帯片手に圭ちゃんと話している最中。

『お疲れー! 今日はこの後暇? 矢口の部屋、来ない?』

やぐっつぁんがわざわざこうしてメールで尋ねてくるということは、二人っきりで、出来るだけナ
イショで会おうねっていうこと。
暗黙のお約束事だった。
どうしようって悩んでいると、耳に高橋の声が届く。

「………、じゃ、あさ美ちゃん、ご飯食べに行こうよー!」

思わず耳を澄まして、紺野の返事を意識的に拾った。
というか、そうでもしないと彼女の声は聞き取ることができないし。

「いいよー。麻琴も行こう。里沙ちゃんも」

………いってらっしゃーい。

やっぱりなんだか面白くない。
変だなぁって思いながら、あたしはやぐっつぁんに返事を送る。

『いいよー。じゃ、別々に出て、やぐっつぁんの部屋の前集合ということで』

カバンの中に携帯を入れて、忘れ物がないか確かめてからあたしはサングラスをかける。

「お疲れさまでーす」

大きめの声で挨拶して、部屋を横切って扉から廊下へ出た。

「お疲れー」
「お疲れ様です」
「ごっつぁん、お疲れ」

返された賑やかな声の中に、紺野の声を聞き取ることは出来なくて。
当然といえば当然だけど。あのこ、声小さいし。

◇  ◇  ◇

やぐっつぁんのマンションのオートロック番号は教えてもらっていた。
だからすんなりエントランスはパス。
部屋の前までエレベーターで上がって、ピンポンと鳴らすと、程なくして鍵の開く音が響き、扉
が開いた。

「いらっしゃーい。遅かったね」

「お邪魔しまーす。うん、ちょっとCD屋さんに行ってた」

「なんだか珍しいなぁ、ごっつぁんが。何か探してんの?」

「や、何となく」

やぐっつぁんの背中を追うようにしてリビングへ向かった。
1LDKの部屋のリビングには大きなソファが置かれていて、こまごまとインテリアが飾られてい
る。賑やかで、おもちゃ箱みたいな部屋。

本当は、ちょっと頭を冷やしたくてCD屋さんに寄ったのだ。
何ていうか…、よく分からないけど、紺野のことを頭から追い出すために。

なのに。

テーブルの上に簡単な料理を並べて、ミネラルウォーターのグラスを手にしたやぐっつぁんは、
あたしの横に座りながら言ってくれた。

「高橋たちに嫉妬したの、落ち着けるためー?」

はぁっ?!
いきなり何を言い出すんだ。嫉妬…?

やぐっつぁんは、面白そうな表情をしてあたしを見ている。
あたしはごくりと水を飲んで、おもむろに首を横に振った。

「つーかさ、今日、控え室でもそんなこと言ってたよね?」

「あぁ言ったさ。ごっつぁん、鈍いよ。しょっちゅう紺野たちのこと見てるじゃんか」

冷凍のピザを手に取ってやぐっつぁんは肩をすくめる。

見てる…? 見てるかな。見てるような気はするけど。

「――だってさぁ、なんか放っておけないじゃん、あのこ」

「んー、それは分かる気がする。けど、他人に無関心なごっつぁんが、そうやって気にかけるだ
けでも、特別な気がするんだ、おいらは」

少し遅めの夕食はゆっくりと減っていく。
冷凍のピザとお惣菜。プラス水。
やぐっつぁんは、食事をしながらも、話題を変えることはしない。
あたしは、曖昧な心の中を覗きながら、一言二言返事をする。
だって、紺野に対してやぐっつぁんが言うように恋愛感情を持っているとは思えなかった。
特別といえば、特別かもしれないけど…。出来の悪い妹がいるような気分。
時折感じる、面白くないなぁって感情には、無理矢理蓋をした。
だって、本当に分からないから。

やぐっつぁんは、あたしの言葉を全て信じたわけではなさそうだった。
だけど、一向に発展しない会話に諦めたのだろう。
ようやく、紺野のことから話が逸れた。

「うん。ごっつぁんがそう言うならいいけどさぁ。――本気で恋愛するんだったらさ、もう誘わな
いから、それだけは覚えといて」

そんな言葉を締めとして。
あたしは、無言で頷いた。

夕食はとっくの昔に終わっていて、やぐっつぁんは食器をキッチンに運ぶ。

「シャワー、先浴びておいでよ」

「んー。ありがとー」

いつもの流れで、ナイショで約束を交わした日はお泊り。
もう何度も続いたパターンだった。
頻度としては結構むらがあったけど。
あー、なんだか久々かも。
やぐっつぁんと同じ香りがするシャンプーを使いながらふと思った。

シャワーを終えると、ドライヤーで髪を乾かして、ベッドの上でぼんやりとする。
リビングの明かりはすでに落としていて、今はやぐっつぁんがシャワー中。

あたしとやぐっつぁんの関係を表す的確な言葉を知らない。
恋人ではないし、セックスフレンドというわけでもない。
なんだろ。手を繋いだり、抱きついたりする友情の延長線。そんな感じ。

あたしがモーニング娘。に入って、慣れないハードスケジュールと、一人だけの加入というプ
レッシャーと、なかなか覚えられないダンスや上手くならない歌に苦しんでいた頃のこと。
やぐっつぁんが、どん底に落ち込んだあたしを慰めてくれたのだ。

「矢口もね、入ったころはしんどかったよ」
「大丈夫、ごっつぁんは出来るって」
「矢口が保証する」
「ほら、ごっつぁんは笑った顔が可愛いんだからさぁ」

この部屋で、一緒にご飯を食べて、泣きついて、愚痴を言って、宥めてもらって、慰めてもらっ
て…。気がついたらキスしてた。
涙の痕が残る頬に、額に、髪に、やぐっつぁんは優しいキスをくれた。
そして、唇にも……。

「嫌じゃない?」
って囁かれて、あたしはやぐっつぁんの唇にキスを返すという返事をした。
それから、一緒にシャワーして、ベッドに行って…―――。

「お待たせー、セクシー矢口の登場ー!」

明るいやぐっつぁんの声に、あたしははっと顔を上げた。
いつの間にか過去に浸っていたらしい。

「わぁーい。やぐっつぁんだぁ」

にこりと笑って、あたしは両手を広げてやぐっつぁんを招く。
バスタオルを巻いただけのやぐっつぁん。
腕の中に閉じ込めると、本当に可愛いなぁって気持ちになる。

ちゅって音を立てながら、やぐっつぁんの頬にキスをした。

「今日はどーしたのー?」

膝の上に座るやぐっつぁんの覗き込んで尋ねると、ベーと小さく舌を出された。
こういう表情、メチャクチャ似合っている。悪戯っぽくて、ちょっと小悪魔っぽい表情。
じゃれるように唇にキスをして、ベッドの上にやぐっつぁんを横たえた。
あたしは覆い被さるようにして、首筋にキスをする。

「んー…。ちょっと、疲れたのさ。…年かねぇ」

目を閉じて、呟くみたいにやぐっつぁんが言う。

初めて関係を持ってから、落ち込んだり、寂しかったり、何かあったらお互い慰め合ってきた。
あたしもやぐっつぁんに慰められたし、やぐっつぁんが落ち込んだときは、精一杯慰めた。

「じゃー、ごとうが若いパワーをおすそ分けしましょー」

「わははは。いいねぇ、若いパワー。奪い取ってやるー」

笑いながらやぐっつぁんはあたしの頬を両手で包み、キスしようって無言で合図してくる。
あたしは勿論喜んで顔を上げ、唇を重ねた。

体温を分かち合うような、一人じゃないことを確かめ合うような、そんなセックス。

そして、お互いに抱き合うようにして眠りに落ちた――。





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