第1話


気がつくとはまっていた。
それが一番正確だと思う。

気付いたら、視線で追っていた。
気付いたら、存在を探していた。
気付いたら、声を拾っていた。

十人を越えた大所帯となったモーニング娘。では時々点呼を取らないと、誰がいないのか分
からない時がある。
だけど、彼女がいないときは、点呼を取る前に真っ先にそのことに気付いたし、当たり前のよ
うにどこにいるのかを考えていた。

「紺野がいないよー。誰か知らない?」

なっちの困った声にあたしは軽く手を上げる。

「ちょっと探してくるー」

「あっ、後藤、携帯持って行って。もうリハまで時間がないんだから」

現リーダーであるカオリンの声に、あたしは、はぁい、と携帯を片手に控え室から廊下へ出た。
紺野はあたしと似ている部分がある、と圭ちゃんが言っていた。
すごくマイペースなところや、ぼーっとしているところがそうらしい。
あたしとしては、あまりそうは思わないんだけど、似てると言われて悪い気はしなかった。

さーて、どこから探そう…。
リノリウムの廊下を歩いて、自動販売機の前を通って、空中庭園へ続く経路が目に入る。
あ…、ここかな?
空中庭園といっても、そんなに立派なものじゃない。
僅かな緑とベンチがあるくらい。ガラス張りの天井から今日は日光が差し込んでる。

近付くと、ガラス越しに紺野の姿が見えた。
ベンチに座ってぼんやりしている…ようにしか見えない。
しょうがないなぁ。
あたしは苦笑しながら扉を開いた。
先輩としては怒らなければいけないんだろうけど、そんな気にはなれなかった。
それに、あたしも娘。に入ったばかりのころは、こうして一人ぼんやりしていた経験があったから。
加えて、どうせ後からカオリンに説教されるのは間違いないだろうから。

「紺野ー」

呼びかけると、これまた笑えるくらい紺野はビクッとして振り返った。

「あ……。…っ、ごめんなさいっ!!」

あたしの顔を見たとたん、はっきりと分かるくらい顔色を変えて立ち上がる。
どうやら自分が遅刻していることを思い出したらしい。
忙しなく瞬く瞳や、あどけなさの残る顔が強張る様子に、あたしは素直だなぁって思った。

「んー。いくよー」

おいでおいで、と手招いて、そしてさすがに早足で来た道を戻る。
後ろからパタパタと響く紺野の足音が、なんだかくすぐったくて、あたしも先輩になったんだ
なぁとか考えてしまった。

控え室に戻ると時間はギリギリ。
なんとかリハに間に合い、紺野はリハの後、やっぱりというか何と言うか、説教されていた。

「ねーねー、ごっつぁん」

部屋の片隅でカオリンに説教されている紺野を何となく見遣りながら、パラパラと台本をめくっ
ていたら、不意に矢口が顔を覗き込んできた。
それも、やけにニヤニヤしながら。

「んあ、何?」

「いっつもさぁ、いい勘してるよねぇ」

面白がるような声は、ナイショ話をするみたいに、耳元で囁かれる。
へ? 何が…?
あたしはきょとんとして、矢口の顔を見つめ返した。

「紺野のことだよー。あのコが行方不明になったとき、かなりの高確率でごっつぁんが見つけてくるよねぇ」

「……そうだっけ?」

本当にそんな感じだった。
言われてみればそうかなぁってくらいで、意識したこともなかったし。

「なんだよー、自覚なしか。面白くねぇのー」

ぷぅっと膨れた矢口は、興味をなくしたように去っていく。

自覚? 自覚って…何の自覚だ?

台本に目を落としても、全然頭に入ってこない。
仕方なく、部屋の隅にいる紺野たちの方を見た。
紺野は可哀想なくらい俯いて縮こまっている。

そういうところが、あたしと決定的に違うよなぁ…。
でも、可愛げがあっていいよなー。
守ってあげたいというか、もっとからかいたいというか…。
庇護欲と嗜虐心が同時にそそられ――…って!

あたしははっとして、紺野から目を逸らした。
なんというか…メンバーに対する気持ちとはちょっと違うものを感じてしまったのだ。

一人で焦っているうちに、どうやら説教は終わったらしい。
涙ぐんでいる紺野に真っ先に近付いたのは高橋だった。
新メンきっての優等生。
高橋は紺野の肩を抱いて、慰めの言葉をかけながら廊下へと誘っている。
水分補給に自動販売機に行くらしい。
少し訛りの残っている声を聞きながら、あたしはなんだか面白くないなぁって思った。

コイゴコロの自覚。幕開けはこんな感じだったのだ。





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