第19話


<#3 確証−5>


「う〜ん。石川、大丈夫だからねぇ、あたしが必ず…」
保田は、ベッドに転がるなり寝てしまった。その足からソックスを剥ぎ取り、今度は
上着を脱がせようと悪戦苦闘しているのは中澤だ。
「ったくもう」やっとの思いで上着を取り、シワになってまうわ、とハンガーにかけて
やった。
二人とも酒は行けるクチだが、今日は少し量が限界を過ぎてしまったようだ。
とくに保田は、開き直ったようにカクテルを数杯おかわりし、店を出るときは既に
酩酊状態だった。
中澤もかなり飲んではいたが、保田が石川を想って酒を煽る姿に、思うように
酔えないでいた。
1時過ぎには店を出たものの、保田は歩ける状態ではなかった。今夜はホテルに
入るよう言われた二人だが、保田の状態を考えるとタクシーでホテルに着いたと
しても、部屋まで上がれるかどうか。ホテルマンの手を借りたら、何を詮索される
かわかったものじゃない。
そこで中澤は、つんく♂の許可を得て、保田の家へ来たのである。彼女の部屋は
マンションの2階であった。2階ぐらいなら、階段でも何とかなる。


保田をベッドに落ち着かせ部屋を見回していた中澤は、ある一点に目を止めた。
モーニング娘。に加入してからの出来事をプレイパックする品々が並ぶなかで、
とくに輝きを放つそれは…。
「明日な、裕ちゃん昼までで仕事終わるからなあ。必ず犯人の尻尾を捕まえたる。
あんたは下の娘たちのこと頼んだで」
保田の涙酒にも笑顔で付き合った元リーダーの眼には、涙が浮かんでいた。

壁にはメンバー達と撮った写真が、所狭しと貼られていた。
中澤と撮った写真も何枚かある。
だが、中澤が見たものはそれらではなかった。
机の上にたった二つ、ちょこんと乗っている写真立て…
そのうちの一つは、中澤が現役だった頃の10人で撮影した写真だ。
そしてもう一つには、加入したばかりで初々しさ一杯の後輩と、その肩を抱いて
楽しそうに笑っている先輩。
石川と保田の写真が収められていたのだった。



双眼鏡での監視を続けていた吉澤が、だしぬけに「あれぇ?」と声をあげた。
「何だ?」
「あの男の人、あたし見たことあるよ」
「何ぃ!?」吉澤と面識がある?業界関係者なのか? 「えーと、どこだっけかなあ」吉澤は必死に思い出そうとしている。もし業界関係者
なら、重要な手懸りになるはずだ。頼む、何とか思い出してくれ。
「あー」
「思い出したか?」
「ううん、違うの。二人が席を立ったよ」
見ると、二人はドリンクを飲んだだけで会計を済ませ、外へ出るところだった。
祥子の部屋に行ってくれたらいいのだが、表へ出た二人は、タクシーを探している。
できれば二人とも乗ってほしい…俺の願いは見事に砕かれた。
タクシーが走り去ったそこには、見送る祥子の姿があったのだ。

俺はアパートへと戻り始めた祥子を見ながら、正直迷った。
このまま祥子の張込みを続けるか、それとも吉澤が必死に思い出そうとしている、
件の男のタクシーを追うか。
あの男、裏で事件の糸を引いているかもしれない。
だが、夜中とはいえ人目につくファミリーレストランで会うなど、いかにも底が浅い
ように見えるのも事実だ。
黒幕がそんな真似をするか?
三輪祥子自身、自分が疑われているとは思っていないから不用意に外で会った
のかもしれない。

これだけのことを瞬時に考え、俺はある結論を出して後部座席を振り返った。
吉澤と眼が合い、微かに頷く。
「わかった。タクシーを追うんだね?」
意見が一致した。ゼンにも異論は無いようだ。
素早くUターンし、追跡を開始する。既にタクシーは、3つほど先の赤信号まで
行っていた。
こんな夜中に近づき過ぎたらすぐオジャンだ。俺は慎重に距離を取った。
吉澤に「念のため、ナンバーをメモしておいてくれないか」と言うと、驚くべき答えが
返って来た。
「もうしたよ。控えておけば、あとで運転手に話、聞けるもんね」
…マジにスカウトしたくなってきた。

タクシーは20分ばかり夜の街を疾走すると、杉並区の閑静な住宅街へ入った所で
止まった。
100mほど離れたところで車を止め、吉澤に声をかけた。
「ご苦労さん。疲れたろ」
彼女は、追跡中ほぼ休むことなく、双眼鏡でタクシーを追ってくれていたのだ。
おかげで、適度な距離を保つことができた。
やってみればわかるが、走る車の中で双眼鏡を覗き続けると三半規管をやられ、
車に酔ってしまうことが多い。
しかし彼女は「大丈夫だよ。それよりあの男」と笑顔で言ってくれた。
男はタクシーを降りて、住宅街の奥へと歩いていく。
俺は車の中で待つように言い、男を追った。
ゼンも置いていく。俺の許可無しに『ワン!』などとやる犬ではないが、万が一の
可能性も排除すべきだろう。

男は5分としないうちに、ある家の門へ入っていった。この辺にしては珍しい平屋で
敷地は広く、ちょっとした屋敷の風情だ。庭の隅に駐車場もある。
ストロボを焚いてしまわないように注意しながら、デジカメのシャッターを切る。
表札には「市野」とあった。
念のため、庭に停めてある車の車種とナンバーもメモった。2台とも外車だ。
俺なんざ、本拠のロスでも日本車を使ってるってのに…あ、あれも「外車」か。
目についたことをメモし終えて時計を見ると、短針は「2」を指していた。どうやら
これが今日の締めくくりの仕事になりそうだ。
吉澤が「市野」という男のことを思い出してくれれは、初日としては90点をやれる。

ダッシュで車に戻った俺は「帰るぞ、よ…」吉澤、と言いかけて、あわてて口を
つぐんだ。
後部座席で、すやすやと寝息を立てる美少女と、それを守るかのかのように枕元(?)
で丸くなっている真っ黒な犬が、俺を迎えたのだった。






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