第9話


<Chapter.3-1 振り下ろせない剣>


〜田中れいな〜

「田中ちゃん、私も田中ちゃんのこと好きだよ」
「ほ、本当ですかっ!?」
「うん。ずっと、ずっと好きだったんだから」
「紺野さん……んっ……」

ほのかに甘い香りが鼻先に止まる。
紺野さんの香り。
唇が微かに触れ合い、そして重なる。
とろけるように甘いキス。癖になりそう……。

「んっ……はっ……」

でもそれも長くは続かなかった。
唇は触れ合ったまま、あたしの身体に少しずつ力が加わり、あたしはその場に倒されてしまった。

「えっ? こ、紺野さんっ!?」
「フフッ」

普段と変わらない笑みのはずなのに、今日はなんだか妖しく見えた。
紺野さんはあたしの腰の辺りにまたがり、そしておもむろに上着を脱ぎ始めた。

「えっ、ちょ、紺野さん! 何してるんですかっ!?」
「え〜? だって、好きな者同士が愛し合うのは当然のことでしょ?」
「そ、それはそうですけど……」

まだ心の準備が……。
あっという間に下着だけの姿になってしまった紺野さんは、今度はあたしの上着に手をかける。

「あっ、やっ……」

為す術もないまま、あたしの上着は脱がされていって。
紺野さんと同じように下着だけの姿にされると、紺野さんはそっとあたしの首筋に唇を寄せた。

「んっ!」
「緊張してるんだね。でも大丈夫だよ」

紺野さんが上体を起こす。

「私が優しく教えてあげるから……」

そして下着がぽとりと落ちた。



Chapter.3 振り下ろせない剣



「のわぁっ!!?」

あたしは飛び起きた。
そこはあたしの部屋のベッドの中だった。
ちなみにパジャマはちゃんと着ている。

「ゆ…め……!?」

よかったような、残念なような……。
あたしはもう一度ベッドにバタッと倒れた。

あの日から……ミノス渓谷に任務で出かけた日から……
どうにも夢見が……良いのか悪いのか……。
毎晩のように紺野さんが夢に出てきて、そしてなぜかあたしに迫ってくる……。

「そういうの望んでるんかなぁ……」

声に出してしまってから慌てて首を振って考えを追い出す。
違う……違う、違うっ!!
あたしは紺野さんを憎まなくちゃいけないのに!
紺野さんは飯田さんを殺した人なのに……

「どうして……こんなにも好きになっちゃったと……?」

苦しくて、苦しくて、涙が零れた。

「れーな、れーな〜!!」

その時部屋の扉が無遠慮に叩かれた。
ヤバッ! 絵里だ!!
慌てて涙を拭うと、絵里は鍵を開けてこれまた無遠慮に侵入してきた。
あっ、鍵を強化してもらうの忘れてた……。

「あっ、れーな今まで寝てたの? もうお昼過ぎだよ!」
「いいじゃん非番の日くらい……。絵里も今日は非番やろ?」
「そうだよ! せっかくの非番なんだからしっかりと遊ばないと!」
「ホントに元気とね……」

絵里のおかげで涙も引っ込んでしまった。
ベッドの上に起きあがって、うーんと伸びをする。

「そうだれーな! 午前中に城下町に行ったらねぇ!」
「お〜……」
「新しい友達ができたんだよ! すっごく可愛いの!!」
「あ〜そ〜……」
「れーなヤキモチ妬いた? ヤキモチ妬いた!?」
「全然……」

絵里の戯言に適当に相づちを打ちながら、あたしは服を着替える。

「む〜、ちょっとくらいは妬いてよ〜!」
「無理……」
「そんなに紺野さんがいいの?」
「はあっ!?」

でもそんな絵里のセリフに、あたしは思わず手を止めて、絵里のほうを振り返ってしまった。

「な、なに言うとね、絵里……」

落ち着け……とにかく落ち着け!

「え〜? だってれーな、紺野さんのこと好きでしょ?」

少しも飾ることなく、絵里はストレートに訊いてくる。
今までだったらすぐに「大っ嫌いと!」って返してたんだけど、気持ちに気付いてしまった以上、
どうしても即答できなくて。

「そ、そんなことなかよ……」
「ほんとう?」
「ほ、本当……」
「む〜……あやしい……」

絵里がジーッとあたしの顔を覗き込んでくる。
あたしもなんとか目をそらさずに、絵里の顔を覗き返す。

「じゃあさ……」

それでこの話は終わりにしてくれると思ったんだけど……

「絵里と紺野さんがモンスターに襲われています!」
「はぁっ!?」
「さて、れーなはどっちを助けますか?」

絵里は今度はよくわからない例え話をしてきた。

「な、なんね、それは?」
「いいから答えて!!」
「うぅ……」

絵里の勢いに押されて、渋々あたしは状況を考えてみる。
そして出した結論は……

「絵里を助けると」
「本当っ!?」
「だって紺野さんなられいなが助けんでもモンスターくらい倒せると」
「……そうじゃなくてぇ……」

一瞬絵里は顔を輝かせたけど、すぐに肩を落とした。
なんね、あたしなんか間違っとう?

「そうじゃなくて!! れーなは絵里と紺野さんのどっちが大切なの!?」
「ど、どっちって……」

絵里は本当に子供のころからずっと一緒で、一番長い時間と想い出を共有してきた。
大切な一番の親友だ。
紺野さんは……ちょっとまだ気持ちがはっきりと整理できてないけど……。
でも、それでも大切な人だ。

「二人とも大切とよ?」
「それじゃダメ! どっちか選んで!!」
「そ、そんなの選べないと……」
「いつかはきっと選ぶことになるんだよ!」

絵里の顔はいつの間にかかなり真剣になっていた。
いつもの絵里からは考えられないくらいしっかりとした目があたしを見つめている。

「絵里はれーなが一番なんだよ……?」
「えっ……?」
「絵里は……れーなが……」

でも絵里の言葉はそこで止まった。
声を絞り出すように下を向いて、でも言葉は声にはならなかった。
そして、ようやく口に出した言葉は……

「れーなのバカー!!」
「えぇっ!?」

それだけ叫んで、絵里はあたしの部屋を飛びだしてしまった。
あたしは室内にぽつんと一人とり残されて、呆然としていた。

最近の絵里はわけわからんと……。



◇     ◇     ◇



絵里が部屋を飛びだしていってしまったあと、あたしは軽めに昼食(朝食兼ねる)をとってから
城の裏庭に出た。
今日は寝坊したため、まだ訓練をしていなかった。
吉澤さんは今は勤務中なので、今日は自主練。
でも最近は自主練で、ちょっと剣術以外のことを練習している。

「ダークブレイカー!」

左手を掲げて呼びかければ、指輪から闇が溢れる。
そして剣の形をつくって、あたしの手に収まる。

「よしっ!」

今特訓しているのは闇魔法。
ダークブレイカーを使えばあたしも闇魔法を使うことができる。
魔法の構築から発動まで全部魔剣がやってくれるから、あたしは意志を魔剣に
送ればいいだけなんだけど、それでも持ち主のレベルによっては当然使えない
魔法もあるわけで。
だから自分もちゃんと鍛えなくちゃならない。

そして魔剣はオリジナルスペルも作ることができる。
魔法のイメージとエフェクトをなるべく正確に魔剣に送れば、その通りの魔法を
創り出してくれる。
それも当然ある程度のレベルは必要になるんだけど、今のあたしならたぶんできるはず。

魔剣を身体の前で構える。
今創っているのは、対魔法使い用の闇召喚魔法。
ダークブレイカーが暗く輝く。

「デス・バタフライ!!」

ダークブレイカーを覆った魔力から黒い蝶が一頭二頭と生み出される。
蝶はヒラヒラとあたしのまわりを漂い、数を増していく。
やがて周囲が黒い蝶で包みこまれた。

「行けっ!!」

一本の木に狙いを定めて剣を振り下ろすと、あたしのまわりを飛んでいた蝶はいっせいに
その木に向かって飛んでいく。
まるで一枚の黒いヴェールのように。
その木を黒い蝶が包みこんだ。
そして青々と葉を茂らせていた木は、一瞬にして枯れ果てた。
魔力を、体力を、生命力を、全ての力を刈り取る黒死蝶。

「よしっ、完璧!!」

でも……。
剣を降ろして、ふと思ってしまう。
今、あたしはなんのために強くなろうとしているんだろう……?

今までは飯田さんの仇をとるために、紺野さんを殺すために強くなった。
でも自分の気持ちに気づいてしまった今、あたしはきっと紺野さんを殺すことはできない……。
いくら憎もうと思っても、どうしても紺野さんを好きな気持ちは隠れてくれない。
かといって、ハロモニランドの平和のために戦えるほど、あたしはまだハロモニランドに
馴染んではいない……。
ただがむしゃらに突っ走ってきた道は、どうしようもない袋小路だった。

「はぁ……」

そんなことを考えていたら、どうにも訓練するような気分じゃなくなってしまった。
始めたばっかりだけど今日は止めとこうか……。
せっかくの非番だし……そろそろ絵里も機嫌なおしたころだろうから、誘ってどっか
遊びにでも行こう。

城に帰ろうと振り返ると、ちょうどあたしの視界に一つの人影が割り込んできた。

「あっ……」

胸がキュンッと高鳴った。
鼓動が少し速くなる。

「コ、紺野さんっ……!?」

ついでに声も少し裏返った。
な、なんでこんなところに……!?
朝変な夢見たおかげで、ちょっと顔があわせづらい……。
ま、紺野さんはそんなこともなく、いつも通りのほほんとしてるんだろうけど……。


「どうしたんですか、紺野さん?」

でも少し近づいたところで足が止まった。
なんかおかしい。
いつもの紺野さんの雰囲気とどこかが違う……。

「……見つけた」
「えっ?」

紺野さんの口がニヤッと笑った。

「『闇斬りの少女』!」
「!?」





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