第8話


<Chapter.2-5 ファーストキス>


「ぷあっ!!」

なんとか水面から顔を出して息を吸う。
水量がかなり多かったおかげでなんとかケガはしないで済んだけど、そのぶん流れが激しく、
あたしの身体はどんどん流されていく。
でもそんなことは構ってられない。
早いところ紺野さんを見つけないと!!

「紺野さんっ!」

息を思いっきり吸い込んで、また水中に潜る。
視界はけっこうあるが、それでも紺野さんは見つからない。
ということはやっぱり流されたのだろう。
あたしは激流に乗り、さらに泳ぎ出す。

幸か不幸か、腰に差していた剣は水面にぶつかった衝撃で吹っ飛んでしまった。
そして今日は傭兵のような扮装なぶん、いつもよりも軽装なわけで。
おかげで服を着たままでも、なんとか沈むことなく泳げる。

それでもさすがにかなりキツイ。
流れが激しく、思うように動けない。
そんな状態で、水草や岩などをかわしつつ進んで行かなくてはならない。

「ぷはっ! はぁ、はぁ……」

さすがに息が続かなくて、いったん水から顔を出す。

「うわっ!」

でも顔を出したすぐ後ろから、巨大な流木が迫ってきた。
慌ててもう一度水に潜る。
流木はあたしの頭の先を掠めて、先へ流れていった。

「ゲホッ、ゲホッ!!」

もう一度顔を出すと思い切り咽せてしまった。
でもこうしてる間にも紺野さんは……。
意を決して、もう一度水中へと飛び込む。

目をしっかりと開いて、冷たい水をかいて前に進んでいく。
紺野さん……!
その甲斐あって、ある程度泳いだところで、なんとか水中にゆらゆら漂う紺野さんの姿を捕えた。
流れにまったく逆らってないところを見ると、気絶しているのかもしれない。

見つけた!!
スピードを上げる。
手を思い切り伸ばして、ようやく紺野さんの服を掴んだ。

「ぷはっ!!」

紺野さんを抱きかかえ、なんとか水面に引きずり出す。
やっぱり紺野さんは気を失っているようで、あたしの腕の中でぐったりとしている。

「紺野さん、紺野さんっ!!」

身体を揺さぶったり、頬をぺしぺしと叩いたりしても紺野さんはいっこうに気づく様子はない。
さらに悪いことに、あたしたちの顔はかなり接近しているにもかかわらず、紺野さんの呼吸が聞こえてこない。
息、してない……。
早くなんとかしないと、紺野さんが死んじゃう!!

「くっ……」

辺りを見渡してみる。
岸に上がってしまえばいいんだろうけど、川の流域面積はけっこう広く、おまけに流れも速い。
紺野さんを抱えながら、なんとか川を斜めに渡ってみるけど、気を抜くとあっという間に
水中に引きずり込まれてしまう。

まずい……。
もたもたしてたら間に合わない……。
それにこの状態は、かなり体力の消耗が激しい……。

「紺野さんっ!!」

紺野さんが気が付いてくれれば、魔法で一気に脱出できる。
心の中で謝りつつ、さっきより強めに叩いてみるけど、それでも紺野さんは目覚めてくれない。
ダメだ……あたしは魔法が使えないし……。
あたしじゃ……どうすることもできないと……?

「魔法……そうだっ!!」

諦めるのはまだ早い。まだ手段はある。
紺野さんを右手でかかえ直し、水の中から左手を出す。
中指に輝く、漆黒の指輪。
魔剣・ダークブレイカー。
これを使えば、あたしも魔法が……。

「ダークブレイカーっ!!」

もはやそれしか手は残されていない。
あたしは何度もしたように、ダークブレイカーに呼びかける。
でもやっぱりダークブレイカーは何も応えてくれない……。

「お願いだから……」

体力はすでに限界。
それでもあたしは左腕を持ち上げ続ける。

お願い、ダークブレイカー……。
あたしは、紺野さんを……助けたいの!
でもあたしの力だけじゃ、紺野さんを助けられない。
だから……

「力を貸して、ダークブレイカー!!」

紺野さんを、助けるために!!

闇が溢れた。
漆黒の闇が辺りを包みこんだ。
闇はしばらくあたしの周囲を漂い、やがて一つに集束してくる。
剣の形に。

「ダークブレイカー!!」

必死に手を伸ばして、ダークブレイカーの柄を掴む。
しばらくの間使ってなかったのに、ダークブレイカーはしっくりと手に収まった。
力を剣に送っていくと、それに呼応するように宝玉が淡く輝く。
ありがとう……。

「カラミティ・ウォール!!」

剣を振り下ろすと、溢れた闇があたしたちの周囲を取り囲む。
そして一瞬の間をおいて、闇の障壁が立ち上った。
辺り一帯の水を全て吹き飛ばす。
足が川底についた。

今だっ!!
足に残っている全ての力を込め、紺野さんを抱きかかえたまま、思い切り川底を蹴って飛んだ。

「うわっ!!」

あたしと紺野さんはゴロゴロと川岸に転がった。
川は何ごともなかったかのように、荒く流れていく。
なんとか助かったんだ……。
手はしっかりとダークブレイカーを握りしめていた。

「ありがとね、ダークブレイカー」

それに応えるように、ダークブレイカーの宝玉が一瞬光った。
そのあと、すぐにダークブレイカーは闇に溶け、左手の中指に還っていった。
でも、今までとは違って、ちゃんとそこにいてくれるような感じ。
呼べばちゃんと応えてくれるような、そんな感じが指輪から伝わってきていた。


「ヤバッ! そうだ、紺野さんっ!!」

川から無事生還できた安堵感で一瞬忘れていたけど、まだ紺野さんは生還できてないんだ!
慌てて紺野さんに駆けよる。

「紺野さんっ、紺野さんっ!!」

紺野さんはまだ気を失ったまま。
耳をそっと紺野さんの口に近づけてみるけど、呼吸している音は聞こえない。
ヤバイ! こういうときってどうするんだっけ……!?
そ、そうだ……確か、人口呼吸を……

「えっ……じんこうこきゅう……?」

そこまで考えてようやく気づいた。
人口呼吸ってことは、いわゆるマウストゥマウスってことで……。
マウストゥマウスってことは、いわゆる……

「キ、ス……!?」

ボッと顔が熱くなったけど、ブンブンと頭を振ってよけいな考えを追い出す。
そんなこと考えてる場合じゃない、今は一刻を争うと!!
これは人命救助なんだから! ノーカン、ノーカン!!

心臓のドキドキは聞こえないふり。
紺野さんの側に座り込み、気道を確保する。
そしてたっぷり息を吸い込んで……・

「んっ……」

柔らかい……。
どうしても一番最初にそう思ってしまった。

「……ふぅ」

ゆっくりと息を送っていく。
あたしの息が尽きると、唇を離して、また耳を寄せる。
まだ息は戻ってない。
もう一度息を吸い込み、紺野さんに口付ける。

「……んっ……」

あたしの下にある紺野さんの身体がピクッと動いた気がした。
慌てて唇を離すと……

「げほっ、げほっ!!」

紺野さんが勢いよく水を吐き出した。
あたしはその様子を呆然と見ていた。
ずっと閉じられていた紺野さんの瞳がゆっくり開く。
そして開かれた瞳にあたしが映った。

「田中…ちゃん……?」
「紺野さん……」


助け出して一発殴ってやると心に決めていたのに。
どういうわけか、出たのは拳じゃなくて。
水滴とは違う、もっと温かい雫が頬を伝った。

「えっ、田中ちゃん?」

紺野さんが驚いたような表情をした。
でもその表情も、滲んでよく見えなかった。

「……紺野さんっ!!」
「わっ!?」

あたしは思いきり紺野さんの胸に飛び込んだ。

「た、田中ちゃん……!?」
「紺野さん、紺野さんっ! ひっく……よかった……よかったぁ!!」

最初は困ったように身体を硬直させいてた紺野さんも、やがてあたしをゆっくりと抱きしめてくれた。
あんなに長い間水に浸かっていたにもかかわらず、紺野さんの身体はほんのりと温かかった。

「田中ちゃん……ごめんね、ありがとう……」
「うわああぁ!!」


たくさんの感情がこぼれ落ちるなか、あたしは唐突に気づいてしまった。
正確には、必死に気づくまいとしていた感情に、気づかないでいることができなくなってしまった。

ちょっと抜けてて、いつもオロオロしてて、お節介焼きで、でもとても強くてすごく優しい。
そしてあたしの一番大切な人を殺した憎き仇でもあるはずなのに……
あたしは、紺野さんのことを……
こんなにも好きになってしまってたんだ……。





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