第46話


<Chapter.10-1 魔学と科学>


〜田中れいな〜

「世界の裂け目」を越えて、どれくらい海の中を進んだだろう。
やがてだんだんと進むスピードが落ちてきた。
海底もだんだんと浅くなってきている。
もしかして、陸地が近い……?

「もうすぐ着くわよ」

柴田さんの声が泡の中に響く。
そして柴田さんの言うとおり、海底はもう足下にまで迫っており、そしてすぐにあたしたちを
包んだ泡が海面へと頭を出した。
前を泳いでいた柴田さんが立ち上がる。ヒレはすぐに脚に変わった。
目の前に広がるのはひとけのない海岸。
歩いている柴田さんに引っぱられるように、あたしたちを包んだ泡も進んでいく。
そして完全に砂浜に上がると、泡はパチンと弾けて消えた。

「さぁ、着いたわ。ここがもう一つの大陸『ダウンフロント』よ」
「ここが……」
「ダウンフロント……」

みんな一様に声を失った。
パッと見たところ、アップフロントとたいして変わらない。
本当にここが新しい大陸なのだろうか。
でも、試しにダークブレイカーをかざしてみると、そこから発せられている光は確実に
濃くなっていた。

「本当に来たんだ……」
「疑り深いね。まぁ、しょうがないか。柴田も一番最初に来た時はそんな感じだったし」

それだけ言うと、柴田さんはくるっと踵を返した。

「さてと、それじゃ柴田はここまでね」
「えっ!?」

みんな驚いて柴田さんを見つめる。
てっきり柴田さんが案内してくれると思ってたんだけど……。

「すぐに帰っちゃうんですか……?」

ポンちゃんが少し寂しそうな声で柴田さんに訪ねる。
柴田さんも少し寂しそうな表情をしたけど、すぐに頷いた。

「うん。ちょっとね、こっちの水は身体に合わないんだよね……」
「水……?」

そういえば、こっちの海はアップフロントの海に比べて少し濁っているような感じがする。

「それにスコティアでの仕事もあるしね。一応女王だから」
「あっ、そうですよね……」
「うん、だから柴田はもう帰るよ」

柴田さんが優しくポンちゃんの頭を撫でる。
ちょっと心がモヤモヤしたけど、ガマンガマン……。

「全部片づいたらまた遊びに来てね」
「はい、絶対行きます」
「待ってるからね」

あたしたちの間を抜け、柴田さんはまた海の前に立つ。
そして一度だけふり返った。

「それじゃ、月並みな言葉しか言えないけど、頑張ってね!」
『はい!』

みんなの返事に満足したように笑うと、柴田さんは海の中へと飛び込んでいった。
脚がヒレに変わり、あっという間に姿が見えなくなる。

「行きましょう、ポンちゃん」
「うん」

柴田さんを見送り、あたしたちはダウンフロント大陸での一歩目を踏み出した。



◇     ◇     ◇



〜コハル〜

部屋の扉を開け、そっと外の様子を窺う。
さすがに部屋の前に兵士を配置されてはいないけど、廊下の先にはしっかりと二人の
兵士が待ちかまえていた。
こっちはダメ……。
あたしはまたそっと扉を閉める。

次にあたしは窓を開けてみる。
二回にあるあたしの部屋からは庭を一望できるけど、そこにもしっかりと兵士が
見回りをしている。
前に一回カーテン使って抜け出したことあったからなぁ……。
こっちもダメ……。
あたしは窓を閉める。

「う〜ん……」

チラッと時計を見る。
このまま抜け出す方法を考えていたら、約束の時間に遅れちゃう!
しょうがない……あんまり使いたくないんだけど、最終手段!

もう一度慎重に部屋の外を窺う。
人の気配なし。一応扉に鍵をかける。そして窓にはカーテンも敷いた。
準備はオッケー。
あたしは必死に暗記したフレーズを口にした。



◇     ◇     ◇



「コハル、遅〜い!!」

ようやく待ち合わせ場所の公園に着くと、そこにはもうみんな集まっていた。
その中からミヤビちゃんが代表してあたしに文句を言ってくる。

「ごめ〜ん、見張りが厳しくなっちゃって……」
「一体なにやらかしたのよ……って、まさか、アレ使ったんじゃ!?」
「だ、だって遅れそうだったから……」

とたんにミヤビちゃんの顔が険しくなる。

「ダメじゃない! 誰かに見つかったらどうすんの!?」
「で、でも、ちゃんと注意したし、誰にも見られてないよ!」
「それでも滅多なことでもなきゃアレは使っちゃダメでしょ! 特にコハルは立場が……!」
「まぁまぁ、ミヤビちゃん、もうそのくらいでいいじゃない?」

ヒートアップしていったミヤビちゃんはそこでようやく止まった。
止めてくれたのはサキちゃん。あたしたちの中でリーダー的な存在だ。

「結果的に誰にも見つからなかったんだし、コハルちゃんだってちゃんと時間に間に合ったんだし」
「そうだけど、でも……!」
「それにあんまり時間もないんだしね。遊ぶ時間なくなっちゃうよ?」
「・・・・・・」

さすがのミヤビちゃんもサキちゃんには敵わない。
まだまだ言い足りないという表情ながらも口を閉じる。
すると今度は今までずっと傍観に徹していた二人が口を開く。

「ようやくミヤビの長話が終わったねぇ〜?」
「今日は短い方だったネェ〜?」

二人で顔を見合わせキャッキャと笑いあうのはモモコちゃんとマーサちゃん。
当然ミヤビちゃんが二人を睨みつける。

「誰の話が長話だってぇ〜?」
「さて、だぁれだろうネェ〜?」

ミヤビちゃんがモモコちゃんと言い合ってる間に、つつつっとマーサちゃんがアタシの
方に寄ってくる。

「あんなこと言ってるけどねぇ、ミヤビちゃんすっごく心配してたんだよ、本当は〜!」
「マーサ! よけいなことは言わなくていい!!」

そんな様子を見てにっこりと笑っていたサキちゃんが、今度はアタシに向き直る。

「それで、コハルちゃんはどれくらいなら大丈夫そう?」
「う〜ん、暗くなるまでに戻れば大丈夫だと思う。一応夕食の時間まで部屋で勉強してる
ってことになってるから」
「そう、じゃあ早く行かないとね。ミヤビちゃんもそろそろいいかな?」
「な、なんでアタシだけなのよ!?」

ミヤビちゃんの抗議をサキちゃんは軽く受け流す。

「それじゃあそろそろ街に出かけましょう」
「は〜い!!」
「わ〜い!」

モモコちゃんとマーサちゃんがいっせいに駆け出す。
アタシも二人に続こうとしたけど……

「ちょっと待ちなさい、コハル!」

ミヤビちゃんに手を掴まれ止められた。
何ごとかと振り返ると、ミヤビちゃんは自分がかぶっていた帽子を脱ぎ、そのままアタシの
頭に強引にかぶせた。

「??」
「あんたは顔が知られてるんだから! 多少の変装でもしないとあっという間に街は
大パニックよ! そうなったらすぐに連れ戻されるわよ!」
「そっか。ありがと、ミヤビちゃん!」
「お、お礼なんていいわよ。それよりさっさと行くわよ! 少ししか遊べないんでしょう?」

掴んだままの手をミヤビちゃんが引っぱり、あたしたちは公園を飛び出した。
みんなといる時だけ、あたしは全て忘れることができる。
嫌なことも。辛いことも。
あたしたちが抱えている秘密のことも。
そしてあたしが皇女だということも。



◇     ◇     ◇



物心ついた時から、あたしは皇女だった。
母はあたしを産んですぐに亡くなってしまったらしい。
だから帝位を継げるのはあたしだけ。おかげであたしは幼少時代からずっとお城の中で
勉強する毎日だった。
一般的な学問から、政治学、帝王学まで。
それが当たり前だと思っていた。
でもそれは当たり前じゃなかった。
そのことに気付かせてくれたのはミヤビちゃんだった。

ミヤビちゃんとの出会いはお城で行われたパーティでのこと。
ミヤビちゃんは小貴族の娘で、そのパーティには親に連れられてきていた。
一人でつまらなそうにしていたあたしに声をかけてくれた。


「あなたもしかして、コハル皇女?」
「えっ……うん……」

いきなり話しかけられてあたしは戸惑った。
見た感じあたしと同じくらいの女の子。
思えば同い年の子と話す機会なんて今までほとんどなかった。

「ふ〜ん……」

女の子はジーッと舐め回すようにあたしを見る。
あたしはおずおずと戸惑っていたけど……。

「なぁんだ、案外コドモなのねぇ〜」
「なっ!?」

いきなりコドモ呼ばわりされて、さすがにカチンと来た。
ていうかそんなに年かわらないじゃん!

「コハル子供じゃないもん!」
「そういうところが子供だって言うのよ!」

女の子は勝ち誇ったように笑った。
でもすぐに笑いを収めると、そっとあたしに顔を近づけてきて。

「ね、退屈してるんならさ、外に遊びに行かない?」
「えっ?」
「ここにいたってつまらないし。ねっ、行こう!」
「わっ!?」

あたしの意見なんかまったく聞かずに、女の子はあたしの手を取って走り出す。
いけないと思う気持ちがある反面、少しワクワクしている自分もいた。

「ねぇ……!」
「ミヤビ」
「えっ?」
「アタシはミヤビって言うの。よろしくね、コハル!」
「あっ、うん、ミヤビちゃん!」

ミヤビちゃんに手を引かれ、あたしたちはパーティ会場を抜け出した。
衛兵の目もなんとかやり過ごし、あたしは初めて護衛も何もなしで城の外に飛び出した。
たまに街に出向くことはある。でも、今日は見慣れたはずの城下町がまったく
違う街のように見えた。

「ミヤビちゃん、どこ行くの?」
「アタシの友達のところ! コハル連れてったらみんな驚くよ〜!!」

はたしてその通りになった。
初めてみんなに会った時は、モモコちゃんやマーサちゃんはもちろん、サキちゃんまでも
目を見開いて驚いていた。
でも、それも一瞬のこと。
そのあとあたしたちはすぐに打ち解けた。
あたしに初めて友達ができた瞬間だった。


それからというもの、あたしはしばしばお城を抜け出すようになった。
お城を抜け出しミヤビちゃんたちと遊ぶようになった。
それから少ししたあとだった。みんなから「秘密」を打ち明けられたのは。
ビックリした。でも嬉しかった。みんなあたしと同じだったから。
あたしも同じように「秘密」を打ち明けるとみんなは初めて会った時とは比べものに
ならないほど驚いていたっけ……。



◇     ◇     ◇



「サキ、今日はどこにいくの〜?」
「そうねぇ、マーサちゃんはどこに行きたい?」

ミヤビちゃんの問いをサキちゃんはマーサちゃんに渡す。

「新しい服買いたいネェ〜!」
「あっ、私も〜!」

マーサちゃんの提案にモモコちゃんも賛成する。

「コハルちゃんは?」
「コハルも買い物でいいよ〜!」

あたしも賛成する。
本当は、あたしはみんなと一緒ならどこだっていい。

「じゃあ今日はみんなで買い物に行こう〜!」
「「「「は〜い!!」」」」

というわけで今日はみんなで買い物に行くことに決まった。
公園から商店街へとみんなで移動する。
そしていろいろな店へと入っていく。

「コハル初めて会った時はこんな服着てたわよねぇ〜」
「え〜、ミヤビちゃんだってこんな服着てたじゃない!」

ミヤビちゃんがヒラヒラなドレスを突き出す。
あたしも負けじとフリフリなドレスを突き出した。

「あはは、似合わな〜い!」
「あのねぇ! アタシだって貴族の娘なんだからねぇ!」

一軒目の店でひとしきり買い物を楽しみ、店を出た。
次はどの店に行こうかと辺りを見渡す。

「あのお店なんてどうかしら?」

サキちゃんが一軒のお店を指さした。
ショーウィンドウには可愛らしい服やバッグなどが並んでいる。

「「「「賛成〜!」」」」

マーサちゃんとモモコちゃんがいっせいに走り出す。
あたしも二人に続こうとして……

『ギャアッ!!』

足が止まった。
空から聞こえた、不気味な嘶き。
辺りがざわめきに包まれる。
何、今の……?
空に振り返り、そして見た。
黒いドラゴンが一匹、空の彼方から迫ってくるのを。

「なっ、あれは!」
「まさか、竜の谷から!?」

ドラゴンを見て固まっていたあたしの腕が急に引っぱられた。
振り返ると、ミヤビちゃんがあたしの腕を掴んでいて。

「何してんのコハル、逃げるわよ!!」
「あっ、うん!!」

ミヤビちゃんに手を引かれ、あたしたちはドラゴンから逃げようと商店街を走る。
でも空を飛んでいるドラゴンの方が明らかに速くて、どんどん距離が縮まっていく。
やばい、追いつかれちゃう!!

「そこの子たち、横に飛び退いて!!」

でもその時、あたしたちに向かって声が飛んできた。
その声がした方向には、黒い剣を持った、あたしたちよりも少し年上そうな少女がいて。
言われるがままに横に飛び退くと同時に、少女は闇色の剣を振るった。
その剣から、同じ色をした刃が生まれ、ドラゴンに向かって飛んでいった。
ドラゴンの片翼が切り裂かれ、ドラゴンは地に堕ちる。

片翼を失ってもなおドラゴンは立ち上がり、少女を睨む。
そして少女目掛けて走り出した。が……
その直後、少女の後ろからもう一人の少女が飛び出した。
その少女は最初の少女よりももうちょっと年上で。
その少女の前には紅く輝く陣ができあがっていた。
あれは、まさか……。

陣から炎が溢れ出す。
炎は竜の形となり、ドラゴンを迎え撃った。
ドラゴンを炎が包みこみ、やがてドラゴンは倒れた。
あたしたちはその様子をただ呆然と見つめていた。


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