第32話


<Chapter.8-2 聖櫃>


「ダインスレフ」に戻ったあたしたちは、いろいろな意味で無事に入国証を入手した
ミキねぇ&松浦さんと合流した。
その日はもう遅かったので、あたしたちは宿屋に場所を移動し、その一室に集まった。
そしてテーブルを囲み、ミキねぇたちに報告をした。
暖炉で揺れている炎が部屋を暖めていて、ときどき薪の爆ぜる音が響く。

「ミキねぇは旅の途中に風の民と知り合ったとかないですか?」
「いや〜、さすがにないなぁ……」
「そうですか……」

まぁ、そこまで期待してたわけでもないですけど……。
てことはやっぱり地道に探していくしかないと……? しかも大した手がかりもないままで……。

「え〜と、どうしましょう、ポンちゃん……?」
「う〜ん……」

ポンちゃんも難しい顔をして悩んでいる。
他のみんなも一様に考え込んでいるけど……

「なぁ、それなら先に水の王国に行っちゃったほうがええんちゃう?」

真っ先にアイディアを出したのは加護さんだった。

「あぁ、そのほうがいいかもね。あてもなく風の民を捜し回るよりは、風の民を捜しながら
水の王国に向かった方が」

ミキねぇも加護さんの案に賛成する。
確かに水の王国もアップフロントにあるみたいだし、その方が効率的かも。

「れいな、蒼い光はどっちを指してるの?」
「あっ、はい、ここからだいたい南東の方向です」
「南東……てことは『フェンサリル帝国』か」

ミキねぇは広げた通行証の中から一枚を選んでテーブルの上に置いた。

「『フェンサリル帝国』ってどんなところですか?」

新垣さんがテーブルの上にアップフロントの地図を広げながらミキねぇに訊ねる。
あたしは新垣さんが広げた地図を覗き込んだ。
『グニパルンド王国』の南東に位置する『フェンサリル帝国』はアップフロントでは一番東に
位置する国だ。
海に面した国で、北は魔境、南は砂漠が広がっている。

「魔境に隣接しているだけあって、けっこう軍事力のある国だよ。独自の騎士団を抱えているし、
魔法なんかも発達している。人口もけっこう多いから、風の民がいる可能性も高いんじゃないかな?」
「なるほど……」

ミキねぇの解説を聞いて新垣さんは地図を見つめたが、結論が出たらしく、地図をたたんで
ポンちゃんに向き直った。

「じゃあとりあえず『フェンサリル帝国』に入って、風の民を捜しつつ水の王国に向かうって
ことでいいかな、あさ美ちゃん?」
「うん、いいと思う」
「みんなもそれでいい?」

異論はなかった。
あたしも新垣さんに向かって頷く。

「松浦さんたちもいいですか?」
「うん。松浦たちはどこでもついてくよ〜」
「それに水の王国だったら海を越える方法が見つかるかもしれないしね」

ミキねぇたちも賛成ということで、これからの方針は決まった。
会議も一段落したところで窓の外を見てみると、もうかなり闇も深くなっていた。

「それじゃ、もうそろそろ休みましょうか。明日も早いですし」
「うん、そうだね」

椅子から立ち上がると、他のみんなも続いて立ち上がった。
今日は絵里と同室。まぁ、可もなく不可もなくといったところ。
部屋から出るために一歩踏み出したとき、それは起こった。
突然部屋の中が明るく、そして暑くなった。

「えっ!?」

思わず光源の方に顔を向ける。みんなも同じように動きを止め、一点を見つめた。
薪を燃やしていた炎が急激に膨張して、暖炉から溢れている。
なっ、なんだ!?
思わずダークブレイカーを剣に戻し、膨張した炎に向けてかまえる。
みんなも身構えるけど、ただ一人、ポンちゃんだけはじっと炎を見つめてて。

「これは……」
「ポンちゃん、わかるとですか?」
「うん、炎を使った通信魔法だよ……」
「通信魔法?」

その時、膨張した炎の表面が揺らめいた。
そして鏡面のように、そこに映像を映し出した。
炎の中に一人の女性が浮かび上がる。
かなりがっしりとした体付きの女性。手には矢口さんと同じような大鎌が握られていた。

『へぇ、こんな魔法もあるなんて、さすがは炎の王国!』

炎を伝って声が流れてくる。
そして炎の中の女性の、肉食動物のように鋭く、それでいていくつもの闇を混ぜ合わせたかのように
漆黒の瞳がキッとあたしを捕えた。
その瞬間、背中にゾクッと寒気が走った。

『闇の魔剣を持ってるってことは、あんたが『闇斬りの少女』かい。初めまして、アタシは闇の使徒の一人、
ソン・ソニンだ。お前を殺す名だ、よ〜く覚えとけよ?』
「なっ!? ソン・ソニンだと!?」

ミキねぇの叫び声が聞こえた。
でもあたしはソニンから目をそらすことができなかった。
目だけじゃない。腕も、身体も、まるで金縛りにあったように動かせない。

「れ、れーな……」

でも、あたしの腕に絵里がしがみついてきて、あたしはようやく身体を動かすことができた。
身体が自分の身体じゃないみたいに重かった。嫌な汗が全身から噴き出ていた。

「なに……?」
「あそこ……あの映ってる場所って……」
「えっ……?」

絵里の体は小さく震えていた。
もう一度炎を見ると、炎の中の景色には見覚えがあった。
炎の中に映っている炎。あれは……

「まさか……!!」
『ようやく気付いたみたいじゃん。そう、ここは邪馬だよ』

炎に映る範囲が広がった。
ソニンの全身が、そして背景が映る。
そこはまさしくあたしたちが旅中の一時を過ごした炎の王国『邪馬』。

『いや〜、炎の魔剣を取りに来たんだけどさぁ、お前が持ってっちゃったあとだったから。
ちょっとまぁ……』

ソニンがニヤッと笑って、足下にあったモノを蹴り飛ばした。
そこにモノがあったことに気付いてなかった。それほどソニンから意識を離すことができなかった。
ゴロンと仰向けになったそれに、あたしたちは絶句して釘付けになった。

「前田、さん……」
『皆殺しにしちゃった♪』

炎に映ったのは生気を失った前田さんの顔。
身体がガタガタと震え、涙が零れた。
また行くって、約束したのに……。

『転送魔法陣が使えりゃ今すぐにでも殺しに行くんだけどね、残念ながら壊されてたからさぁ』

転送魔法陣が壊されてた!?
まさか前田さん、こうなることがわかってたんじゃ……?

『まぁいいや、じわじわと追いつめてってやるよ。楽しみに待ってるんだな、
ハッハッハッハッハーッ!!!』

前田さんの遺体を踏みつけ、
高笑いを残してソニンは消えた。
膨張していた炎は泡のように弾けて消えた。

あたしたちはその場に凍り付いて動くことができなかった。



◇     ◇     ◇



そのあとはしばらく誰も何も喋らなかった。
時間が経ったあと、ミキねぇがソニンのことを少し話して、あとはそのまま解散になった。
あたしは部屋のベッドの中でミキねぇの話を思い出す。

ソン・ソニン。
数え切れないほどの人を殺し、いくつもの街を滅ぼした殺人快楽主義者。
アップフロント最高額、10億Rの賞金首。危険度SSS。
その賞金目当てに何人ものハンターがソニンに挑んだけど、生きて帰ったものは
いないという。

そんなヤツがあたしを追ってくる……。
前田さんを殺したヤツが……。
前田さんの仇は討ちたい。でも……勝てるんだろうか……?
ソニンを見たときに感じた震えがまた蘇ってくる。

「れーな、起きてる……?」

その時、隣のベッドから絵里の声が聞こえた。

「起きてるよ……なんか眠れなくて……」
「絵里も。ねぇ、一緒に寝ていい?」
「……うん」

絵里が枕を持ってあたしのベッドにくる。
入りやすいようにスペースを開けてあげると、絵里はそのスペースに潜り込んだ。

「れーな……」
「うん……?」
「前田さん、いい人だったよねぇ?」
「うん……」

絵里の声は震えている。
そして抱きついてきた絵里の身体も震えていた。

「滞在したのは少しの間だったけどさぁ、本当にいい人だったよねぇ……」
「うん、そうだね……」

邪馬にいた間、前田さんはポンちゃんに魔法を教える合間にあたしにも剣を教えてくれた。
前田さんだけじゃない、炎の民のみんながとてもよくしてくれた。

「うっ、くっ……!」

絵里の押し殺した鳴き声が聞こえてくる。
あたしもまた涙が込み上げてくる。
そっと絵里の身体を抱きしめた。

「れーな、絶対仇討とうね!」
「うん、わかってる。でも、今はきっと勝てない……」

実力差は歴然としている。
今ソニンに挑んでも殺されるだけだろう。
もっと強くならなくちゃいけない。

「絵里、もっと強くなるから!」
「れいなだって、絶対強くなってやる」

しばらくしたあと、絵里は泣き疲れて寝てしまった。
あたしも涙を拭い、絵里を抱きしめたまま目を閉じた。
前田さんを、炎の民をそっと偲んで、今夜は眠ろう……。



◇     ◇     ◇



翌日、あたしたちは出立の準備を整え、宿屋前に集まった。
まずは王都を出て、『フェンサリル帝国』との国境を目指す。
ソニンも追ってきているし、この前倒しきれなかったみうなとあさみもいる。
のんびりとはしてられない。

「それじゃ、さっそく出発しましょう!」
「あっ、ちょっと待って、れいな」

でもミキねぇがあたしを呼び止めた。

「どうしたんですか、ミキねぇ?」
「出かける前にちょっと寄っときたいところがあって。一緒に来て欲しいんだけど」
「どこですか、それ?」
「ギルド」
「ギルド?」
「そう。ソニンの情報を把握しとこうと思ってね」

ギルドとはハンターが仕事を請け負ったり、賞金首の情報を得たりする場所。
ソニンは賞金首なので、ギルドに行けば確かな情報はあるだろう。
こういう大きな街にはだいたいギルドはあるものなんだけど、ギルドに入るためには
ハンターズ・ライセンスが必要になるわけで。

「でも、れいなたち誰もハンターズ・ライセンスは持ってませんよ?」
「大丈夫、ミキが持ってるから。誰か一人が持ってれば一緒に入ることはできるし」

チャラッと手から下げられた鎖にはハンターズ・ライセンスのカード。
そうか、ミキねぇは騎士じゃないからハンターズ・ライセンスも取れるんだ。

ミキねぇの先導であたしたちは裏路地へと入っていく。
薄暗い路地に立っている一つの店。
ミキねぇはためらいもせずそこに入っていった。
あたしたちもミキねぇに続く。

中には剣や槍といった武器を持ったハンターと思われる人が何人かいた。
ギルドに入ってきたあたしたちに殺気のこもった目を向けるが、ミキねぇの顔を見ると
慌てて目をそらす。
そこに漂う尊敬と畏怖の念。
そんなところからミキねぇの実力を知ることができる。
でも、そういうことを知らないヤツも当然いるわけで……。

「ここは女子供が来ることろじゃないぜ〜?」

にやけた笑いを顔に貼り付けた一人のハンターがちょっかいをかけてきた。
しかもよりによって先頭にいたミキねぇに。
ミキねぇが魔女みたいな目でそのハンターを睨む。
そして次の瞬間には、

  ドンッ!!

轟音とともにミキねぇとハンターが消えていた。
音がした方に視線を動かすと、消えたミキねぇがハンターを壁に押しつけていた。

「試してみる?」

ニヤッと笑ったミキねぇがいつの間にか抜いていた剣をハンターに突き付ける。
ハンターは対照的に青い顔。
ミキねぇがパッと手を離すと、ハンターはずるずるとその場にへたり込んだ。

「ふん!」

ミキねぇが剣を収め、あたしたちのところへと戻ってくる。
それにしてもやっぱりミキねぇはしばらく見ないうちにかなり速くなっている。


「待たせたね。それじゃ、行こうか」

ミキねぇはそのまま格子で仕切られたカウンターまで歩いていく。

「ハ〜イ、マスター、久しぶり〜!」

そしてマスターに話しかけた。
どうやら二人は知り合いらしい。

「おぉ、久しぶりだね、藤本。王女サマに食べられたとき以来かな?」
「それを思い出させないで……」

藤本さんがぐったりとカウンターに沈んだ。
でもすぐに起きあがり、マスターに向き直る。

「それで、今日はちょっと情報が欲しいんだけど」
「ふぅん、今度の獲物はどいつだい?」
「ソン・ソニン」
「!」

マスターの動きが止まった。
いや、マスターだけじゃない。ギルド内のすべてのハンターの動きが凍り付いている。

「あんたが20億に目がくらんだようには見えないが……悪いことは言わない、やめときな」
「ミキだってわざわざソニンを狙う気なんてないよ。ハンターはしょせん腰掛けだし。でも向こうに
狙われちゃったんだからしょうがないでしょ」
「向こうに? ふ〜ん、いったい何をやらかしたわけ?」
「何もしてないって。まぁ、ちょっと訳ありなのよ」

マスターはしばらくあたしたちを見渡したけど、やがて立ち上がると、部屋の奥から一つの
ファイルを持ってきた。
またミキねぇの前に座り、パラパラとファイルをめくる。

「ソニンに関する情報だが、そんなに多くはない」
「まぁ、そうだろうね」
「あぁ、対峙した者のほとんどが殺されているんだからな。なかなか集まらない」

またマスターがファイルをめくる。

「ソニンはもともと凄腕のハンターだった。だが、いつからか手配犯以外にも無差別に人を殺すようになり、
はれて今度は賞金首だ。獲物は深紅の大鎌、クリムゾンムーン。超重武器だが、ソニンは片手で
自由自在に振り回す。魔法はほとんど使わない。が、最近になって未知の魔法を使うという
情報があった」
「闇魔法だ……」
「ほぅ。それは新たな情報だな」

マスターがペンを取り、ファイルに何かを書き記した。

「ソニンの最新情報としては……つい先日、ハロモニランドで目撃されている」
「「ハロモニランドでっ!?」」

ポンちゃんと辻さんが思わずカウンターに飛びついた。
あたしたちも思わず前のめりになる。
マスターはチラッとあたしたちを見たが、またファイルをめくりながら続ける。

「民間人が何人か犠牲になったようだが、王宮騎士が撃退したようだ。さすがのソニンも
ハロモニランドの王宮騎士を相手にはしなかったらしい」

撃退した……。
よかった、とりあえずみんなは無事なんだ……。

「ソニンの情報としてはそんなところだな」
「そう……ありがと」

藤本さんはそのままカウンターをあとにする。
あたしたちも藤本さんに続いて、ギルドを出た。
大通りに出たところであたしたちは立ち止まり、円になって向き合った。

「とりあえず、ギルドでのソニンの情報はこんな感じだったけど……」
「強敵ってことはわかりましたね……」

みんなが静まりかえる。
今度は松浦さんがポンちゃんに尋ねる。

「ハロモニランドから邪馬まではどのくらいかかったの?」
「ソニンが昨日邪馬に着いたと考えると……ソニンの倍はかかってますね……」
「そっか、てことはソニンの方がだいぶ足が速いのね」
「それならなるべく早くここも立った方がいいですよね?」
「そうだね。すぐにでも出発しよう!」

みんな円を崩して荷物を持ち上げる。
そして大通りを街の出口へと向かって歩いていく。

今はまだ敵わない。
でも絶対に強くなって、いつか必ず仇を討つ!
きっとみんなそう心に誓って、あたしたちはまた旅に出た。





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