第31話


「敵艦隊発見!!」
翌朝、ゼティマの艦内での静寂は、
オペレーターの前田の声により、打ち破られた。

「戦闘配備!!」
艦橋の艦長用シートで、完全にくつろぎきっていた寺田であったが、
さすがに敵接近となると、艦長の役割を放棄するわけにもいかず
主砲の発射準備や、ミサイルの装填等、次々と命令を下していく。
そしてその命令を各部署に効率よく伝達していく戸田。

「敵は、グワジン級戦艦、ザンジバル級重巡、ムサイ級軽巡他、多数!」
すでに多量のミノフスキー粒子が撒かれ、レーダーが無力化されているため、
熱源で対応するスクリーンを見ながら前田が報告する。

「まったく・・。こんな時に・・。」
現在ゼティマが所属している艦隊は、ホワイトベースをはじめ、
数多くの艦艇が所属している。
しかし、大半の艦が散開している状態にあり、
このポイントで最集結を図っている状態であった。
その油断している隙を狙われた感がある。

「MS隊!発進用意や!!」

「MS隊!発進用意!MS隊!発進用意!!」
のんびりとした雰囲気だったパイロット待機室が突然喧騒に満ちた場所と化す。

「おい!行くで!!」
中澤が飲みかけのチューブ状のジュースをテーブルの上に放り投げると、
バイザーの開いているヘルメットを乱暴に取り上げ、部屋を飛び出した。
その後を追うように、安倍や飯田達も同様に廊下へと出る。
ココナッツ小隊と松浦は予備兵力としてゼティマに残ることになったが、
それ以外のメンバーは、例外なく移動用のハンドグリップを使用して
MSデッキに向かって行った。

彼女達が去った待機室では、
投げ出されたチューブより飛び出たジュースが球状となって部屋を彷徨っていた。

まず最初に自分の機体に取り付いたのは中澤であった。
廊下からデッキに飛び出すと、一気に自分の機体に向かってジャンプする。
重力が無いため、勢い良く飛び上がった。
1〜2秒のうちに開いているコクピットに辿り着き、ハッチに両手を掛けると
滑り込むようにシートに座り込んだ。
それと同時に整備員がハッチの向こう側から親指を立てて
機体が万全であることを合図する。
中澤はスイッチをいれて、自分の機体に灯を入れる。
次々とモニターが青白く輝きだし、スイッチ類が点灯した。
整備員がハッチから遠ざかった事を確認すると、ハッチを閉める。

周りを見渡すと、吉澤や石川達もベテランの様に無難にコクピットに辿り着いている。
『みんな成長しよったな・・。』
以前は無重力中でコクピットに入ることすら難儀していたメンバーを思い出すと、
思わず微笑んでしまう。

彼女達が成長したのは確かに嬉しいことではあるが、
それが戦場であったことは少しばかり悲しい出来事であるのかもしれない。

保田は自分の機体を見上げる。
迎撃準備に入り、喧騒に包まれるMSデッキの中で、
彼女の周りだけが、しばしの静寂に包まれる。

先の戦いで、大破した彼女の機体は完璧に修理と整備がされていた。
整備員の苦労が思いやられる。
肩に付いていた誇らしげな撃墜マークも、完全に塗りなおされていた。
「ふぅ〜・・。」
ため息をつく。

前の戦いでは、危うく戦死しそうになった。
矢口達に助けられた。
自嘲の為なのか、ふと微笑む。
そして再び自分の機体を見上げた。

「圭ちゃん!!何やってんの!!行くよ!!」
そんな保田に、怒鳴り声が浴びせられる。
「矢口・・。」
保田は、再び一人静かに笑うと、首を左右に振って呟いた。
「保田・・。行きます・・。」

そんな保田を、おろおろした表情で見詰める辻と加護。
「何やってんの!!行くよ!!」

「ひ〜!!!やすらさん!こわいれす!!」

中澤は自分の機体を操って、カタパルトにGMコマンドの両足を接続する。

「進路クリアーです!!いつでもどうぞ!」
彼女の鼓膜を、オペレーターの前田の声が刺激する。
背後を確認するモニターを見ると、後藤の機体が待機しているのが伺えた。

前方に虚無の空間が広がる。何度も出撃したことがあるこの空間。
何度も何度も経験したはずの出撃。いくら出撃しても慣れる事は無い。
しかし、この時中澤は、何故か普段より落ち着いていた。
何かの予感かと思ったが、頭の中をよぎった幾分かの不安を首を振って振り払う。

「裕ちゃ〜ん!まだぁ〜?」
そんな中澤の気持ちを、後藤の甘い声が忘れさせてくれた。

中澤は自嘲気味に笑うと、呟いた。
「ごっちん・・。あんがとな。」

「中澤!行きます!!」
強烈なGが中澤を襲い、彼女を機体ごと宇宙空間に打ち出した。

後方からは後藤や安倍・飯田、そして平家たちが次々と打ち出される。
同様に、付近のサラミス級巡洋艦の甲板やハッチ、
そしてマゼラン級戦艦からも、GMが飛び立ってくるのが伺われる。
大半が通常量産型のGM。そしてその後方に動く砲台と言えるボールが続く。
艦隊からの命令により、彼女達をはじめ、MS部隊は上昇に掛かる。
艦隊戦が始まった。

艦隊の前方より、猛烈な艦砲射撃が襲い掛かる。
それに反応するかのように、味方の艦隊も射撃を始めた。
ビームとミサイルの応酬。
戦場に変化が訪れたのは、左舷に小艦隊が現れた時だった。

「9時方向!ザンジバル級重巡を先頭に突っ込んできます!」
前田が驚愕した表情で寺田に報告する。
「目標左舷!主砲発射!」
左舷方向に指向可能な全砲塔が唸りを上げて旋回すると
立て続けに大口径の砲を連射した。
その射撃は、あたかも無照準の様に砲塔より迸る。

まずミサイルがマゼラン級戦艦に命中すると、
大きな閃光を伴って、爆発する。轟沈。
さらに一隻のサラミス級巡洋艦にビームが命中すると、
同様に大爆発を起こす。
双方の艦隊が二隻ずつを撃沈したところで、MS戦に入った。

「裕ちゃん!来た!MS隊!!」
安倍の指摘は正確だった。
上方よりジオン側のMS隊が急降下で襲い掛かってきた。

「みんな!やられるんやないで!!!」
中澤は、大声で全員に告げつつ、回避運動に入る。
一方の辻と加護は、スナイパーライフルを振りかざすと、
突っ込んでくる敵に対して、その大出力ビームを放った。
敵のMS隊に、二つの大きな閃光が走る。
それが事実上の戦闘開始の合図となった。


リックドムが放ったバズーカがGMに命中し、大爆発を起こす。
後方支援のはずのボールが前方に出すぎた為か、ザクに蹴られる。
そのボールが一機のGMに命中して爆発する。
負けじとサーベルでリックドムを切断するGMもいる。

「柴っちゃん!そっち!!」
「はい!!」
柴田の放ったビームがザクに命中して爆発した。
一方の平家もサーベルでザクを切断する。

「今回の敵は大したこと無いで・・。」
一機のザクを撃墜したばかりの中澤が一人呟く。
敵の練度が下がってきているのか、先日出会った青いゲルググの部隊とは
比較にならないほど、現在相手にしている敵は未熟と言えた。
もちろん『中澤達から見れば』の話であって、
一般的な練度の低い連邦軍パイロットから見れば、充分強敵ではあるが。
付近を見渡すと、安倍や飯田をはじめ、辻や加護も格闘戦で敵機を撃墜している。

「楽勝やな・・。」
後ろからは、後藤も付いて来ている。
今回の戦いでは、あの頭痛はどうやら起きなそうな気配だ。
やはりソロモンが原因なのであろうか?
あの要塞近辺で『ラ・ラ』の声が聞こえ始めると、後藤の頭痛が起きる。
しかし、ソロモンを出撃して以来、ほんの2日程度しか経っていないが、
幸いにも、あの頭痛が後藤を襲うことは無い。

「良かった・・。」
中澤が安心していた時だった。
後藤を激しい頭痛が見舞った。

「頭が・・・、痛い!!!!!」
モニターに写る後藤の表情は、今までの頭痛よりも数倍苦痛が感じられた。

「裕ちゃん・・!頭が・・・・痛いよ・・・。」
「ごっちん!大丈夫か!?」
中澤のコクピットにあるモニターに、頭を両手で抱えた後藤が映されている。
それは、後藤が操縦桿より手を離している状態を意味する。
後藤の動きは止まっていた。

「ごっちん!!止まると危ないで!!」
中澤は急いで後藤に近寄ろうとするが、敵の射撃が邪魔をして
なかなか近付くことが出来ない。
そんな中澤の眼に写ったのは、動きが止まっている後藤を照準に収めたのか、
明らかに後藤を狙っているリックドム。

「あかん!!!!ごっちん!!!!」

このまま中澤がそのリックドムに対して射撃をすれば、
おそらくそのリックドムは撃墜できるであろう。
しかし、命中までの短い時間の間に、後藤が被弾するのは明らかだった。


後藤を救うために、中澤が取りうる手段は一つしかなかった。


後藤の頭脳に直接響くような『ラ・ラ』の声。
何かが後藤の頭に入ってくる。
しかし、後藤にはそれが何であるかは理解できなかった。
ただ頭が痛い。それだけであった。

それでも、彼女の目には映っていた。
自分を狙ったリックドムの存在が。
『だめだ・・・。やられる・・・。裕ちゃん。ごめん・・。』

激しい頭痛に襲われて、ともすれば消えそうになる意識の中で、
彼女は自分の戦死を意識していた。

楽しくも、辛かった士官学校時代。
訓練に明け暮れ、まともに恋愛も出来なかった。
そんな中、訓練時代に出会った市井紗耶香。憧れた。
そして彼女の話の中に出てくる中澤。
女でありながら前線で活躍して、勇名をはせつつある中澤。
後藤が憧れるのに時間は掛からなかった。彼女と一緒に戦ってみたい。
そんな願望は、地球に配属された事によって打ち砕かれた。
失望しつつもアジア地域で戦った。
そんなある日、中澤の部隊に配属されることを知って狂喜した彼女。
嬉しかった。

宇宙に出て、共に戦った。
特別な関係にもなった。
そこまで後藤は望んでいなかったのかもしれないが、
とにかく嬉しかった。
中澤が後藤を受け入れてくれた。
自分の憧れの人が、愛する人が自分と一緒に戦ってくれた。

『もう・・・。いいや・・。』 
激しい頭痛の中、後藤の脳内に自分の人生が走馬灯のようによみがえる。
『これが・・。死ぬ事・・。』

頭痛の原因もわからず、そして名も無い敵のパイロットに撃墜される。
それは確かに悔しかった。
それでも自分の人生に満足している。
『楽しかった・・・かな?』
ゆっくり彼女は目を閉じた。

そして、彼女を激しい衝撃が襲った。

『死ぬ・・・・!!』

わずか1秒足らずの時間であっただろう。
しかし、彼女にとっては、数時間にも感じられた時間。
『ああ・・・。あたし、死んだのかな・・?』

ゆっくりと後藤は目を開いた。
しかしながら、彼女の予想に反して、自分が五体満足であることに気づいた。
「あれ!?」
彼女は、自分の体をポンポンと叩いてみる。
「あれれれ???」

死んでない。
何が起きたか分からなかった。
先ほどの強烈な衝撃は何であったのだろうか?
そう思った後藤は、モニターを見て愕然とした。

自分の機体の目の前には、黒煙をたなびかせつつ、
今にも爆発しそうな機体。火花が散っている。
明らかに後藤の盾となって敵弾を受けた機体。
それが誰の機体であるかは、彼女にとって容易に想像がついた。


『ごっちん・・。うちが守ってやるで。』
彼女の頭の中で、あの夜の言葉がこだまする。



「ゆ・・・、裕ちゃん?!?!」

「ごっちん・・。大・・丈・夫か・・・。」
途切れ途切れ聞こえる声。
その声から、コクピットに居る人物が
爆発により重傷を負っていることは明らかであった。

「ゆ!裕ちゃん!!」
「無事・・な・・ようやな・・・。よか・・・った・・。」
「裕ちゃん!!!」

激しく火花を散らす中澤の機体が、ゆっくりとビームライフルを振り上げると、
彼女に弾丸を命中させたリックドムを撃ち落した。

「げほっ!ごほっ・・!!」
後藤の耳に、中澤が咳き込む音声が響き渡る。
「裕ちゃん!!!」

「だめ・・・やな・・・。」
「裕ちゃん!しっかりして!!」
「ご・・っち・・・ん・・・・・・。」
次第にその声が消えそうな程に小さくなりつつある。

瞬間、小さな爆発が起こった。
そしてその爆発が反動となって、中澤の機体が次第に遠ざかっていく。

「ゆ!裕ちゃん!!」
後藤が必死に中澤を、中澤の機体を追いかける。

「ど、どうしたの?!ごっちん!?」
「裕ちゃん!?」
次第に彼女達の異変に気づいた面々が寄って来た。
そして気づいた。
宇宙の深遠に墜落するかのように、黒煙をたなびかせつつ
彼女達から遠ざかっていく中澤の機体に。

「え!?裕ちゃん!?」
「裕ちゃん!?」
やっと事態を認識した安倍が呆然とする。
飯田の顔面が蒼白になる。
平家が言葉にならない言葉を発しながら、中澤と後藤の後を追う。
メロン小隊もそれに続く。
保田が、矢口が付近の敵を排除しつつ追いかける。
吉澤と石川、辻と加護は、何をしていいか分からず戸惑っている。

『静かやな・・。』
遠ざかりつつある意識の中で、
死を意識すると言うよりも、ふるさとに帰る、そんな気がする。
楽しかった日々が、辛かった日々が思い出された。

『はぁ〜・・・。』
母親との永久の別れ。
平家との出会い。開戦と福田の戦死。仲間との出会い。
そして、後藤との出会い。
後悔は無い。
ただ一つ心残りは、昨晩の後藤とのやり取り。
照れ隠しで後藤を傷つけたかもしれないこと。

「ごほっ!」
むせ返る中澤。
赤い液体が球状となってコクピットを舞う。
口の中が鉄のような味がする。

コクピットから空気が漏れているのか、
その赤い球状の物体が、ゆっくりと一定方向に向かって彷徨っていく。
口からだけではなく、破れたノーマルスーツの間からも
ゆっくりと、ゆっくりと球状になって真紅の液体が飛び立っていく。

モニターは、奇跡的にも生きていた。
彼女は不自由な体を操ると、後方や上方を確認する。
そして気づく。
彼女を気遣って、混戦の中、追いかけてくる仲間達。

中澤は自分がおそらく助からないであろうを理解していた。
もちろん、平家をはじめ、飯田や安倍たちベテラン組も、
この状態では助からない事を理解している。
それでも、戦闘中にもかかわらず、自分を気遣ってくれている。

「みんな・・・。あん・・がと・な・・。」
次第に意識が薄れていく。

「ごっちん・・・・好・・き・・や・・。」
最後まで言葉を言い切れなかった。
中澤が最後に見たものは、
モニターの中で中澤に向かって必死に泣き叫ぶ後藤の顔。


直後、一際大きな爆発が起こり、中澤の人生が永久に終わりを告げた。




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