第30話


翌朝、中澤をはじめ、ゼティマ所属のパイロット達が集められた。
実際に宇宙空間に朝昼晩など無いのだが、
人間が地球という場所に生息している以上、体内時計が存在する。
そして、地球時間と言う標準時間がある。
それにあわせて宇宙であろうが、コロニーであろうが
地球の時間に合わせて人間は行動している。
もっとも辻が持つ体内時計『腹時計』は常に食事時間を指しているようだが。

がやがやと喋るメンバー達。
特に辻と加護がうるさい。
そんな中、中澤だけは神妙な面持ちをして一番前の座席に座っている。

「裕ちゃん。」
後藤が中澤の隣の椅子に滑り込むように座った。
「なんでみんな集まってんの?」
「ああ、これから艦長が来るんや。」
「艦長が?何しに?」
後藤が怪訝そうな顔で中澤の顔を覗きこむ。

後藤はあまり寺田と会話をしたことは無い。
それどころか、満足に話を聞いたこともなかった。
「何の話だろうね?」

寺田が全員を集めた理由はおおよそ中澤には見当が付いたが、
あえて後藤の質問に答えなかった。

ブリーフィングルームのドアが静かな音を伴って開いた。
まず入室してきたのは艦長の寺田。
彼に続いて副官の戸田少尉も入室してくる。
その場にいたパイロット全員がザッと音を立てて立ち上がった。

「敬礼!」
中澤の号令の下、全員がそろって寺田に向かって敬礼をする。
普段、メンバー達の中では階級の差があっても敬礼することは稀だ。
華々しく戦闘に出撃していくパイロット達ではあるが、
実質はいつ命を落してもおかしくは無い立場にある。
そのため、彼女達だけではなく、一般的にさほど階級に差が無い場合、
もしくは仲間意識が強い場合、特に敬礼をしない。
もっとも彼女達の仲間意識は、他のパイロットに比べて
特別高いようではあるが。

「なおれ。着席。」
寺田が全員に向かって答礼をし、数秒のうちに直ると、
中澤がメンバー達に着席を指示する。

「え〜、皆に集まってもらったのは他でもないんや。」
相変わらず、ざっくばらんな話し方を寺田は好む。

「出港が決まった。出撃や。今日の夜にな。」
寺田の単刀直入な物言いに、驚いているのか、
それともその内容に驚いているのか、全員があっけに取られた表情をしている。
中澤一人を除いて。

「ど、どこに出撃ですか!?」
素っ頓狂な声で矢口が寺田に問う。
「ア・バオア・クーや。」
「え!?」
全員がさらに驚いた表情を見せる。
なにしろジオンの残された最終防衛拠点とも言える要塞が目標だ。
おそらくその防衛力は尋常ではないだろう。
にもかかわらず、これほどまでに作戦を急いで成功するのか?
全員の頭の中に同様の疑問が湧いてくる。

「早すぎるって言いたそうな顔やな。」
寺田が、全員の顔を見渡し、『やっぱり』と言わんばかりの顔をした。

「そんなに急ぐ必要があるとは思えません。」
手を上げて質問したのは保田だった。
彼女の質問は当然の内容であろう。
しかし、こちらが時間を掛ければ掛けるほど、敵の防御力が増すのは当然だ。
そのため、戦力に余裕があるならば、早く攻撃する方が良い。
そんなことは分かっている。
しかし、先日のソロモン攻略戦でも、ダニエルが戦死している。
そんな中、満足な準備もせずに打って出れば、また誰かが帰ってこないかもしれない。
それだけに保田は慎重だ。

「急ぐ必要があるんや・・。」

現在、ジオン軍は技術力で勝っているものの、
生産力を初め、国力の大半の面で連邦に劣っている。
それだけではなく、先日はソロモンを失った。士気も落ちている。
ならば今のうちに余勢をかって、一気に攻めたほうが良い。
それが連邦軍首脳部の判断である。
寺田の話の内容は、大まかに言うとそのような物だった。

「それだけやないんや・・。ここからは内密やで。」
寺田が珍しく真剣な顔で話し出す。
それに伴って、メンバー達の表情もこわばってくる。

「ジオンの偉い人・・・何て言ったか・・・。」
寺田がジオンの首脳の名前を忘れたらしく、
横にいた副官の戸田が、その名前を耳打ちする。

「そや!デギン公王や。そのおっさんが密かに連邦に接触を図ってるらしいんや。」
つまり、ジオン側が和平の交渉に乗り出しているという可能性を示唆してた。

「だったら、なおさら攻撃は待ったほうが・・。」
平家がしかめっ面で進言する。
もし和平が成立するならば、それまで待ったほうが、
無駄な命を散らすことは無い。

「だから攻撃に打って出るんや。」
「?」

「こっちが攻撃せんと分かってしまったら、足元見られるやろ?」
「・・・。」
全員が納得しないような表情で寺田を見詰めている。
この時、説得している寺田自体納得していない事を読み取れたのは
副官の戸田少尉や中澤をはじめ、ほんの数人だったかもしれない。

「とにかく、今夜出港や。うちらだけやない。艦隊まるごとや。」
出発の準備をするようにと、最後にそれだけを言うと、
戸田を伴ってブリーフィングルームから寺田は出て行った。

しばらくの間、全員が呆然とした表情で動けなかった。
それは近々ア・バオア・クーに出撃するであろう事を知っていた中澤も
例外ではなかった。

「裕ちゃん・・・。」
彼女の隣に座っていた後藤が、少しばかり不安そうな顔で中澤の顔を覗きこむ。
最近、あの『ラ・ラ』の声に悩まされているためか、
あまり元気の無い顔をしている。
「・・。大丈夫やって・・。うちがおるやろ。」
そう言うと、中澤は後藤の肩に手を回した。
「えへへ・・。」
後藤の顔に元気な表情が戻ってくる。

「お〜お〜!熱いべさ!昼真っから!」

「なっち!」
「あ〜あ〜・・。なっちも不安だべさぁ〜!」
そう言うと、安倍は中澤の顔に自分の顔を近づけて、
目をウルウルさせる。
いかにも演技。しかもB級の演技。わざとらしい。
以前、自信を喪失した安倍であったが
今は自信を取り戻し、今は以前の状態に戻っている。

「あ〜、そうですか!」
中澤はそれだけ言うと、安倍の座ったまま安倍の頭を
軽くポンポンと叩くと、『あっち行ってなさい』と言わんばかりに
安倍に向かって手を振る。
「な〜んだ!裕ちゃんのイジワル!」
安倍が頬を膨らましながら飯田達が雑談している方に歩いていく。
もちろん本気で怒ってるわけではないが。

「お昼食べに行こうか?」
「うん。」
思わぬ安倍の乱入で、すこしばかり気まずい雰囲気であったが、
中澤が後藤を昼食に誘うと、笑顔で快諾する。


半日後、
間もなく史上最大の戦いが始まる気配は微塵も無く、
全員がリラックスした雰囲気と少しばかりの不安を伴って艦隊は出港した。
悲劇に向かって。



「どうや?最近。またあの『ラ・ラ』って声は聞こえるんかい?」

ソロモンを出港して2日が経過しようとしていた。
ここまで全く敵の抵抗は無い。
しかしながら、そろそろ敵の遊撃部隊や、偵察部隊と遭遇しても
全くおかしくない状況である。
そんな夜、後藤はまたしても中澤の部屋に来ていた。

「う〜ん。最近は聞こえないね。特にソロモンを出てから。」
「そうか・・。そんならええんや。」
中澤はベットの中で自分の腕枕の中にいる後藤に答える。

正直戦闘中に、後藤がまたあの頭痛に悩まされることがあるならば、
戦闘に出すのは危険だと思っている。
つい先日のソロモンでの戦いでも、事実後藤はあわや撃墜されそうになった。
中澤や吉澤達の援護が無ければ、後藤は戦死していたかもしれない。
しかし、後藤の表情からはそんな雰囲気は全く感じられなかった。

『ごっちん・・。ほんま大丈夫やろうな・・。』
中澤は後藤の頭をなでながら不安に思う。
『戦闘に出さん方がええんやろうか・・?』
再びあの頭痛が戦闘中に後藤を襲えば、今度こそ命は無いかもしれない。

「大丈夫だよ。裕ちゃん♪」
後藤は、中澤の考えが読めるかのように、中澤の瞳を見ながら笑う。
中澤にとって、戦時中の一服の清涼剤とも言える
彼女の微笑み。それだけに中澤はそれを失いたくない。

「ごっちんに死なれると困るからな・・・。」
率直な中澤の言葉だった。
これまで、福田やダニエルをはじめ、多くの仲間を失ってきた。
関係が深い浅いなどは関係ない。
共に死線をくぐり抜けて来た仲間達を一人として失いたくない。
ましてや、現在中澤にとって特別な関係ともいえる後藤はもっての他だ。
おそらく後藤がこの戦争中に戦死するならば、
ほぼ確実に中澤の目の前で戦死することになるだろう。
そんな事は彼女にとって絶えられる事ではない。

「なんで〜?」
そんな中澤の考えを知ってか知らずか、微笑みながら中澤の顔を覗く。

「いや・・。ごっちんは優秀なパイロットやから、
 これからも連邦軍の中核として活躍してもらわなあかんやん。」

中澤は後藤のやや長めの髪の毛をいじりながら言った。

中澤にとって、その言葉は照れ隠し以外の何物でもない。
正直に、後藤が自分にとって必要不可欠な人物と言えばよかったのかもしれない。
しかし、この時中澤は正直に自分の気持ちを言えなかった。

「何それ〜。」
返ってきた後藤の返事は、幾分か不満がかった物だった。
それはそうであろう。
中澤が後藤を気に入っているのは明らかであり、
また、後藤も中澤のことを気に入っている。
そんな事は後藤も重々承知していた。
正直に『後藤が大事』と言ってくればいいのに。後藤はそう思った。

「裕ちゃんにとって後藤が大事だからじゃないの〜?」
「・・・。」
中澤は、この時、後藤がもし戦死したらと言うことを考えてしまっていたためか、
後藤のこの質問に対して、正直に答えられなかった。

「も〜!!」
後藤が頬を膨らまして不満げな表情を見せる。

「も〜!裕ちゃんなんて知らない!」
はっきりしない中澤の答えに、後藤は機嫌を崩されていた。
今までベットの中で中澤のほうを向いていた後藤の顔が
中澤と反対方向を向いた。

「あ・・。ごめんごっち〜ん!!」
中澤が必死に後藤の機嫌を直すために、後藤をなだめる。
自分に背を向けている後藤の頭をなでたり、
彼女の髪の毛を指でなぞったり。

「機嫌直してや〜。ごっち〜ん。」
中澤にしては珍しく甘い声をもちいて、後藤の耳元で囁く。
「こっち向いてや〜。ごっちん・・。」

しばらくの間、後藤をなだめるべく、中澤の甘い声が続いていた。
そして、やっと後藤が中澤のほうに振り向いた。
相変わらず、頬を膨らましていたが。
しかし、中澤にとって、そんな後藤も微笑ましい。
「ごめんな〜。ごっちん・・。」

「べ〜〜だ!!」
やっと後藤が振り向いてくれて、安堵していた中澤であったが、
そんな中澤に対して、後藤があっかんべーをする。

「許してや。ごっちん。ほんまはごっちんが大事なんやから・・。」
後藤の目の前で、両手を合わせて謝る中澤。

「どうしようかな〜・・。許してあげようかな〜。」
後藤は悪戯っぽい表情で中澤の顔を覗きこむ。
中澤は十分反省しているのか、必死に許しをこいていた。
「ごめんな〜。」

「う〜ん・・・。よし!」
後藤は一言言うと、ベットから起き上がった。
「な、何すんねん?ごっちん。」
「帰る〜。」
「!?」
後藤の行動が何を意味するか、飲み込めない中澤。

「今日は帰る〜。今夜は一緒に寝てあげない。反省しなさい。」
もちろん後藤の言葉は本心から言った物では無い。
ただ単に中澤を少し困らせてやろうという悪戯心だけであった。

「え〜〜!!」
抗議の声を上げる中澤。
しかし、後藤はそんな中澤に、全く取り合わなかった。
もちろんわざと。

「じゃあね〜。裕ちゃん。」
部屋から出ても恥ずかしくないような格好に着替えた後藤は、
ドアのロックを外して部屋から出て行く。
そして半開きの状態のドアから、半分中澤に向かって身を乗り出すと、
イジワルっぽい笑顔と共に、手を振った。

「お休み〜。裕ちゃん。反省するように。」
ドアがゆっくりとスライドして、廊下と部屋を遮断する。
こうして中澤は一人部屋に取り残された。

「なんや・・。ごっちん・・。ごっちんから泊まりに来ておきながら
 一緒に寝てあげないって、何か変やないか?」
一人呟く。
ベットには、ついさっきまで後藤がいた温もりが残っている。

「ちょっとの事で、拗ねて・・。」
中澤にとって、後藤のそんな子供っぽいところも気に入っている。

「まあええか・・。そや!」
中澤は独り言を言うと、思いついたようにベットから起き上がり、
自分の机に腰掛け、何か手紙を書き始めた。

「ぷぷぷ・・。裕ちゃんにイジワルしちゃった。」

廊下を歩きながら、後藤は思わずにやけてしまう。
年齢が上な中澤に対して、終始自分が主導権を握っているような気がする。
後藤と共にいると、中澤はまるで知りに敷かれた亭主のようだ。
しかし、後藤にとって、そんな中澤が微笑ましい。
他人の前では中澤がリードしているように見えるが、
その実、実験を握っているのは後藤。
想像しながら、後藤は再びにやけてしまう。

「あれ?ごっちん。どうしたの?」
「あ。やぐっつぁん!!聞いて聞いて!さっきね・・・。」
背後からの声に、後藤が振り向くと、
怪訝そうな表情で彼女を見詰める矢口の姿があった。
確かに一人で廊下でにやけていれば、大抵の人間は奇妙に思うであろう。
そんな矢口の考えなどお構いなく、
後藤は先ほどの中澤の部屋での出来事を矢口に話し始めた。

「なんだよ・・。ノロケかよ〜!」
そう言いながら、矢口も後藤の話を聞いてやった。
得意満面な後藤であったが、この夜中澤に悪戯したことを
彼女は後悔することとなる。




BACK   NEXT