第1章・第2話


飯田のネモの直ぐ脇にいた1機のGMUに、そのビームは誤る事無く
コクピットを直撃すると、機体のバックパックが誘爆を起こし、
木っ端微塵に砕け散った。

「敵!?」

『交信中』とはいえ、付近にいるどのパイロットよりも実戦経験が豊富な飯田だ。
すぐさまに反応し、大型のシールドを前面に出し、機体を身構えさせた。
彼女が臨戦体勢を取るまでの僅かな時間の間にも味方のMSが破壊される。
まさに実戦経験の差が出たと言っても良いだろう。
敵の攻撃があってから、反撃体勢に入るまでの一瞬の差が生死を分ける。

事実、飯田が機体を横にずらした瞬間に、彼女の機体が存在した空間を
高出力のビームが通過した。

「危ない危ない・・。意外と正確だね・・」

飯田は敵の射撃の正確さに舌を巻いた。
当初、敵の位置を把握できなかったが、ビームが迫ってくる方向を探索してみると
数機のGMスナイパーカスタムの存在が見て取れる。
そしてその中心にいる機体から放たれるビームは正確無比であった。

もたもたしながらも、味方の機体が反撃体勢に入る。
敵との距離は500mは離れていると思われた。
これだけの距離が離れていると、彼女達が装備している小型のビームライフルでは
敵のスナイパーライフルに比べていかにも分が悪い。

それにしてもと飯田は思う。
敵機の機動、そしてその射撃の腕前。
あきらかに実戦経験者だ。
それが分かっただけでも彼女のアドレナリンが嫌が応にも増してくるのが感じられる。

ここに辿り着くまで戦ってきた敵機は、明らかに実戦経験が不足しているように思われた。
たしかに一年戦争が終わって七年が経とうとしている現在、
世の中はジオン軍の残敵掃討をはじめ、幾つかの反乱が起きたことは確かだが、
連邦軍全体が動員されるような大きな戦争は起きておらず、
平和とは言えないが、まずここ数年は割と平穏であった。
その間、パイロット達も訓練を積んではいるであろうが、
訓練をいくら数多くつんでも、実戦経験を積んだパイロットに適わないのは明白であった。

彼女の付近にいる味方のパイロットは実戦経験が不足しているが、
それは敵も同様だと思っていた。
しかしながら、現在彼女の目の前にいるGMスナイパーカスタム、
その中心にいる一機は、明らかに実戦を多く経験しているパイロットであろう。

「なかなか・・手ごわそうだね・・でも、行くよ!!」

飯田は、敵が手強そうだという現実に直面すると、
気分が高調してくる自分の感性に嫌気を感じながらも
味方のMS部隊に命令を下す。
もっとも、MS部隊と言っても、彼女の周りには数機しか存在しないが。

飯田の命令が合図となり激しい戦いが始まった。

敵のベテランパイロットが搭乗するGMスナイパーカスタムが放つ高出力なビームが
正確に味方のGMUを破壊する。
遠距離な為に正確な射撃が出来ないが、
下手な鉄砲も数撃ちゃ当たると言わんばかりに飛び交うビーム。

飯田も必死に敵の射撃を交わしながら、ビームを放つ。
レバーを押し込み、ペダルを踏み込み、トリガーを引く。
激しい衝撃とGが彼女を襲い、
シートベルトがノーマルスーツの上から彼女の体を締め付ける。

「まだまだ・・!!」

味方のネモが破壊される。
敵のGMスナイパーカスタムが四散する。


わずか数分の後、付近で稼動しているMSは、
飯田のネモと、敵のベテランと思われるパイロットが搭乗した
GMスナイパーカスタムだけとなっていた。

「はぁはぁ・・・」

飯田は肩で息をする。
これほど緊張したのは何時以来であろうか。
もともとここ最近、MS部隊同士で壮絶なMS戦を展開したことは無かった。

ここ数年繰り広げたMS戦といえば、残敵掃討レベルの戦いであり、
そのパイロットも彼女のレベルに比べれば
足元にも及ばないパイロットばかりであり、さして苦労をした記憶は無い。
そのために戦い自体を舐めていたのかもしれなかった。

「迂闊だったかな・・・」

彼女はモニターに写る一機のGMスナイパーカスタムを見詰めていた。
そして気づいた。

そのGMスナイパーカスタムの機動が、彼女の記憶にあるものだということを。

「飯田・・さん・・ですか?」

突如彼女は話し掛けられた声の主を探してしまった。
よく考えれば、この付近にいるのは、彼女以外では
あのGMスナイパーカスタムだけであり、
その声の主があのパイロットであるのは明白であった。
そして飯田はその声の主を良く知っていた。
忘れもしない彼女。

「つ・・辻・・なの・・・?」

「そうです」

一年戦争当時、辻はまだ新米パイロットとして飯田がいたMS中隊に配属された。
まだ右も左も分からない新米。
とりあえずMSの操縦方法だけは知っているが、
数多くの実戦をくぐりぬけて来た彼女達に比べれば、
辻の動きは明らかに『下手』だった。

そんな彼女を鍛えたのは他ならぬ飯田。
当時中隊長をしていた、今は亡き中澤が当時入隊したばかりの
石川、吉澤、加護、そして辻にそれぞれ教育係をつけて鍛え上げた。

まさに飯田にとって一番の弟子。

その辻が彼女の前に立ちふさがっていた。
美しく成長して。

「お久しぶりです。飯田さん」

二十歳も半ばに達した辻は、
あの鼻が詰ったような、それでいて舌っ足らずな特徴のある声は無くなり、
すっかりと一人前の女性になっていた。

そんな辻の口調に戸惑いながらも、かつての彼女の弟子に話し掛ける。

「元気だった・・?」

「はい。おかげさまで」

大人らしい、そして何所か余所余所しい他人行儀な口調。

「辻・・こんなところで何してるの?」

飯田が思わず発した言葉は、後から考えると
甚だしくその場にそぐわなかったであろう。
辻は明らかに敵意を持って飯田と戦っているからだ。

しばしの静寂。
そして辻が口を開いた。

「戦ってるんですよ。飯田さんと」

はっきりとした口調。
その言葉に飯田は少なからず衝撃を受けた。
辻は相手が飯田と分かっているにもかかわらず戦っているのだ。

「な・・、何言ってるの?辻・・。あたしだよ、カオリだよ」

「そんな事は分かっています。そして、辻の敵だと言うことも」


「辻・・・・?敵?カオリが・・?」

「飯田さんは分かってるんですか?自分達が反乱軍だということを?」

「反乱軍・・・?」

辻の口から発せられる言葉は、飯田にとって衝撃の連続だった。
あの可愛かった、そしてここ最近は交流が無かったものの、
彼女にとっては一番弟子とも言える辻が
飯田を否定するような発言を繰り返している。

「そうです」

辻の口調はまたもはっきりした物だった。

「そ・・、そんな・・、だってカオリ達は正義と自由の・・・」

「何を言ってるんですか?この地球圏を治めているのは地球連邦政府です。
 飯田さん達はそれを、その平和を脅かす反乱軍なんですよ」

飯田の言葉を遮るように、辻は明確な敵意を持った口調で言う。

確かに辻の言っている事は正しいのかもしれない。
それでも地球連邦政府の圧制に対して、
宇宙に住む人々の開放を求めて決起したのが彼女達が所属しているエゥーゴだ。
飯田は自由と正義を求めてそれに参加している。
しかし、辻は彼女の言葉をはっきりと否定した。

「カオリが反乱軍・・・?」

「そうです。悪いのは飯田さん達です。平和を脅かす敵です!」

「辻・・・」


飯田にとっては意外だった。
あの幼く可愛い辻がこのような言葉を吐くとは。
もしかして洗脳でもされているのかと考えてしまうが、
彼女は頭を左右に振ってその考えを否定する。
彼女は当時確かに幼かったが、頑固で一直線な性格であった辻が洗脳されるとは思えない。
つまり、辻は自らの意思で戦おうとしている。
彼女の師とも言うべき人物と。

200メートルほどの距離を置いて対峙する二機のMS。
その間を流れるしばしの静寂。

「あたしは・・、カオリはそうは思わない。カオリは自由のために戦うの!」

静寂を破って飯田がはっきりとした口調で言う。
しかし辻はその言葉を意に介さない。

「どうしても戦うって言うんですね?辻と」

「・・・・・」

飯田は黙り込んでしまう。
これではどちらが年上で、どちらが師であるか分からなかった。

「返事が無いですね?じゃあ行きますよ!!」

戦端を切ったのは辻の放ったビームであった。

「くっ!!」

飯田は全く辻との戦いに乗る気ではないが、
もたもたしていると辻に撃たれるのが分かりきっている。
そして彼女の気持ちとは別に、体が明確に反応する。

すぐさまシールドを前面に押し立てつつ
ジャブローの鍾乳洞の柱や建築物等の障害物を利用して辻に近付こうとした。
このような障害物の多い場所での戦いでは
大型のスナイパーライフルよりも
飯田が装備している小型のビームライフルの方が使い勝手がよい。

感性でそれを瞬時に判断した飯田は
障害物を利用しつつも辻に反撃を繰り返す。

かつて飯田に鍛えられた辻にとって、飯田の行動は読めていた。
もちろんのこと、辻の天性の勘と
実戦で鍛えられたその能力が遺憾なく発揮されたといっても過言ではない。

「飯田さん。そんな戦い方じゃ辻は倒せませんよ」

辻は、かつての師を挑発しながらも機体を大きくジャンプさせる。
並みのパイロットならばこのような障害物の多いところ、
そして大きいとはいえ洞窟内でジャンプするなどもっての他であろう。
しかし辻は並みのパイロットではなかった。

機体をジャンプさせ天井すれすれでバーニアを逆噴射させ
上方から一気に飯田に襲い掛かる。

「くっ!!」

辻の放ったビームが誤る事無く飯田に向かって一直線に飛んでいく。

回避は不可能。
そう悟った飯田は、大型のシールドをもって身構える。

直後、飯田を激しい衝撃が襲った。
高出力のビームが飯田のネモのシールドを吹き飛ばす。

「きゃぁ!!」

シールドが無ければ飯田はおそらく飯田はこの場で
自らの弟子に倒されていたことであろう。

「さすがですね、飯田さん」

その言葉は飯田にとって屈辱的であった。
確かに表面上は飯田を誉めているかのような言葉。
しかし、それは飯田が辻の攻撃を回避できることを
シールドで防御できることを確信しつつ攻撃したと言うことだ。
飯田は完全に辻に舐められていた。

「辻・・」

「どうしました?飯田さん。もう終わりですか?」

「・・・」

「返事がありませんね?でも行きますよ!!」


再び辻の機体が大きくジャンプして空中へと舞う。
かつての弟子に挑発され、舐めれられ、飯田にとって屈辱以外の何物でもなかった。
しかも辻は同じ機動を再びしたのだ。
避けてみろと言わんばかりに。

「二度も同じ攻撃が効く訳無いでしょ!!」

飯田は咄嗟にビームライフルを掲げ、辻に向かって発射する。
もっともその飯田の動きも、
辻にとっては予測の範囲を1ミリもはみ出る物ではなかった。

辻は空中で機体を左右に横滑りさせて飯田の攻撃を回避する。


「飯田さん!これで終わりです!!」

迫り来る辻のスナイパーカスタム。

辻の装備するライフルの先からは、唸りを上げてビームが連射される。
あたかも飯田のことを狙っていないかのように、
否、明らかに狙っていないと思われるビームは、
次々と飯田の機体の周りに着弾し、砂煙をあげる。

その砂煙は煙幕のように飯田の機体を包み込んだ。

「やばい・・!!」

飯田に戦慄が走る。
彼女から辻の機体を見ることは不可能であるが、
辻から見れば、飯田の機体は確実にその砂煙の中に存在する。
飯田からは見えないが、辻からは見える。

しかし飯田は落ち着いていた。
このまま砂煙の中から飛び出たならば、
狙い撃ちにされるのは明らかであったからだ。

「来る・・・はず!」

飯田は機体の腰の部分に装備されているビームサーベルを抜き放って
迫り来るであろう辻の攻撃に備えた。

わずか数秒程度が、飯田にとって数時間に感じるほどの緊張感。

背中を冷たい液体が流れるのを感じたその時だった。
消えつつある砂煙の中から、飯田の目前に突然ライフルが飛び出してきた。

「来た!!!!」

飯田の目の前に突き出されたスナイパーライフル。
彼女の体は、考えるよりも早く反応していた。

『殺らなければ殺られる!』

頭では『まさか辻が』と言う考えが無かったわけではないが、
頭脳よりも、戦いの中で研ぎ澄まされた神経、
そして体が真っ先に反応したのは当然の結果だった。


そして、飯田のサーベルは貫いた。
辻の機体を、完璧なまでに。
彼女の意思に反して。


瞬きつづける火花。
どこからか吹いてきた風によって、砂煙が段々と薄くなっていく。

飯田の突き出したビームサーベルは、
辻の機体の胸部を見事なまでに抉っていた。

「辻・・・・・・」

辻のスナイパーライフルは、
正確に飯田のコクピットに向かって突き立てられている。
もし、辻が引き金を引いていたならば、
飯田のサーベルが辻の機体を貫く前に、
飯田を瞬時にこの世から抹殺していたであろう。

しかしながら、辻が引き金を引くことは無かった。
飯田を倒すことを目前にしながら。
撃つことが可能であったにもかかわらず。

「辻・・・、なんで撃たなかったの・・・?」

飯田を倒そうと思えば倒せたはず。
にもかかわらず、あれほど飯田を舐めきって、
あれほど飯田を罵倒した辻は、飯田を撃たなかった。

「辻・・・?」

「だって・・・」

辻が口を開く。

「らって・・、つぃに、いいらさんを撃てるわけないじゃないれすか・・・」

それが飯田が聞いた辻の最後の言葉。
その口調は、あの懐かしい舌っ足らずな口調。
出会ったばかりの時に戻ったような、懐かしい辻の笑顔。

その辻の言葉が終わるのを待っていたかの様に、
辻の機体は、激しい閃光と、凄まじい衝撃と轟音を伴って爆発四散した。
辻と共に。

「辻・・?辻・・・?」

僅か一瞬の出来事。

飯田のサーベルは辻の機体を抉り、もうすでにこの世に辻は居ない。
わずかほんの20分程度の時間の間に起こった出来事。

取り返しのつかない出来事。


「辻・・・・・」



『いいらさん、いいらさん!』

『辻ぃ〜!乗るなって!重いだろ〜が!』



『いいらさん、いいらさん♪』

『辻ぃ〜!!お菓子ばかり食べ過ぎだって!だから太るんだよ!』



『えっく、えっく・・、いいらさん・・・』

『泣かないの、辻、あと10回やろうね、あと10回・・・』





『らって・・、つぃに、いいらさんを撃てるわけないじゃないれすか・・・』

「辻・・・、辻ぃ・・・、つじぃ〜〜〜!!!!!!!!!!!!」

ヘルメットを我武者羅に脱ぐと、彼女のその長い髪が大きく揺れる。
コクピットを開いた飯田の足元には
かつて辻が搭乗していた機体の破片が、広範囲に散らばっていた。

「カオリは・・カオリは取り返しの付かない事をしちゃった・・・。
 カオリは・・・・・カオリは・・・。
 ごめんよぉ〜!!つじぃ〜〜〜!!」


辻はおそらく飯田を殺すことなど全く考えていなかったのであろう。
彼女の素直な性格からは、
『裏切る』『脱走する』などは彼女の念頭には無かった。
ただ単に命令に従っただけ。
辻が本気で飯田に挑んできたのは
自分を鍛えてくれた飯田に対しての感謝の意味も含まれていたのだろう。

そんな辻に対して、飯田は・・・・。

「辻・・・・ごめんね・・・ごめんね・・・・」

飯田は呆然と立ち尽くした。



飯田はその後の事は良く覚えていない。

ただ、気がついた時には安倍の機体のコクピットに回収されて小さく蹲っていた。
戦場には似つかわしくない、美しい彼女のメイクをめちゃくちゃにして。

ただひたすら魂が抜けたように呆然と。





BACK   NEXT