第1章・第1話


アクシズのハマーン・カーン率いるネオ・ジオン軍が
北欧の都市ダブリンにコロニー落しを敢行しようとしていた宇宙世紀0088年10月30日。
一機の大型飛行艇がその都市に向かって飛行していた。
その飛行艇の名前は『アウドムラ』。
ガルダ型と言われるその飛行艇の艇長は、
かつて一年戦争で名を馳せたパイロットであるハヤト・コバヤシ。

その飛行艇の内部にはネオ・ジオン軍に対抗すべきMS、
RGM-86R GMVが所狭しと並べられていた。
そして、その1機のコクピットに彼女はいる。


「全MS隊、出撃用意!」

彼女のレシーバーから直接彼女の鼓膜に響き渡るような怒声。
その声を聞くと、彼女は長い髪を纏め上げてバイザーの降りていないヘルメットを被った。

ヘルメットがしっかりと装着できていることを確認すると
彼女がレバーを操り、ペダルを踏み込む。
するとその意思にそってGMVがゆっくりと動き出す。

一年戦争と呼ばれた壮絶な戦い当時、まだ二十歳であった彼女は、
現在は二十代後半の年齢に相応しいといって良いほど落ち着いていた。

常に最前線におり、地球連邦軍を同僚である安倍なつみと共に脱退した後は
ゲリラ的な戦いを繰り広げていた為に、
異性との交流が無かったわけではないが、多忙に追われていまだ独身の身。

自分で選んだ道にもかかわらず、
彼女の置かれたそんな状況をふと自嘲気味に笑う。
もちろんのこと、自分が誘って動揺に連邦軍を抜け出した安倍に対しても
少しばかり悪いことをしてしまったような気がしてならない。

もっとも安倍も自ら望んで彼女に付いてきたのであるから
自業自得ではあるのかもしれなかった。

先発隊の指揮官を命じられている彼女は
自分の機体をゆっくりとドダイ改と呼ばれているMS用の大気圏飛行ユニットへと導いた。

飛行ユニットの上部に装備されているMSとの接続装置に
自分の機体、GMVのマニュピレーターを接続させると、
機体のコクピットのモニターに接続を完了したランプが点る。


冷静に、そして正確に自分の出撃準備を完了した彼女に
同様に出撃準備を完了させた彼女の同僚、安倍が声をかけた。

「圭織、今日は無口だね」

「うん・・。今日は大仕事だから・・」

飯田の言葉は事実であった。
おそらくネオ・ジオン軍はコロニー落しを確実な物とするために、
つまり、ダブリンの住民を殺戮する為に、
住民を脱出させようとする彼女達を妨害しようと
間違いなく攻撃をかけてくるであろう。

そして彼女達はその攻撃を排除しながら、
ダブリン市の住民を脱出させなければならない。
彼女たちの当面の目標は、敵を撃破することよりも、
住民を助け出すことに重点が置かれている。
その為、ただ戦うだけではなく、彼女たちの双肩に
何万と言う人命が掛かっているのだ。

『はぁ〜・・・。戦いか・・』

飯田は一人ため息をついた。
あの一年戦争に参加して以来、彼女の人生は戦争そのものと言っても良かった。

新たな仲間を得たと思えば、仲間の戦死。
福田、ダニエル、中澤、そして・・・・。

彼女は戦いに出る時に、いつも思い出す。
あの『仲間だった』人間の壮絶な死を。

* * * * * * * * * * * * * * *


魂をも引きずり込むような強力な重力。
エゥーゴのMSパイロットである飯田圭織は
心地好くもあり、また不快でもあるその重力に身を任せていた。

大気圏突入。
それが現在の彼女に置かれた状況であった。

「これが重力・・・」

何度も何度も大気圏と宇宙とを行き来した彼女であったが、
MSを用いて大気圏突入をするのはこれが初めてである。

彼女の周囲には数多くの味方MSが同様に大気圏突入を図っていた。
MS用の大気圏突入システム、バリュートシステムを用いて、
80機にも達する彼女達が所属するエゥーゴのジャブロー攻略部隊が
一気に大気圏を突入したのだ。

宇宙世紀0085年7月。
地球連邦軍の内部に存在する、ジオン軍残党殲滅組織ティターンズが
サイド1の30バンチに毒ガスを用いて住人を虐殺した。
地球連邦政府の横暴に対してのデモを鎮圧する、
ただそれだけの名目で、数多くの一般住民が
毒ガスに苦しみながら死んでいった。
この事件は後に30バンチ事件と呼ばれ、多くの宇宙に住む人々が
地球連邦政府から離反することとなる。

地球連邦軍MSパイロットである飯田圭織少佐、
同、安倍なつみ大尉はこの事件を境に地球連邦軍から離反、
反地球連邦組織であるエゥーゴに参加した。


そして宇宙世紀0087年5月、
エゥーゴは明確に地球連邦軍に反旗を翻し、
数多くのMSを用いて地球連邦軍の拠点ジャブローに対して攻勢を開始した。

そのMS部隊の中に飯田圭織は存在していた。
エゥーゴの新型MS、MSA-003ネモに搭乗して。

味方のGMUやネモが次々とバリュートシステムを切り離して
空中でバーニアを噴射させる。
大気圏さえ突破してしまえば、あとはMSをパラシュート降下させるのと
大して変わりはない。

もっとも大きな違いは『敵』が存在するかしないかだ。
単なるパラシュート降下なら訓練すれば出来る。

案の定、ジャブロー基地からカタパルトが競り上がると
まず迎撃戦闘機の部隊が出撃し始めた。
しかしながら直線的な機動しか出来ない戦闘機に対して
多種多様な行動が可能なMS、ましてやMSが登場した1年戦争時代に比べて
格段に性能並びに汎用性とが上昇したMSでは勝負にならなかった。

次々とジャブローからカタパルトを用いて出撃してくる
セイバーフィッシュやTINコッドといった一世代前の戦闘機。
それらをエゥーゴのMS部隊は
バルカン砲やビームライフルを用いてことごとく撃墜していく。

さらに基地から打ち上げられる数多くのミサイルも破壊されたり
シールドで防がれるなど、連邦軍側の反撃は
あまり効果があるとは思えなかった。

それでも地上からの猛烈な反撃と、大気圏突入時にティターンズの襲撃を受けたことにより
彼女達のエゥーゴMS部隊は編隊を組むこともままならなかったため
飯田は発進時に彼女のすぐ近くで編隊を組んでいた安倍と
完全に離れ離れになってしまった。
それどころか、彼女の部下も現在はどこに居るかも分からず
さすがの飯田も部隊の掌握に手間取っている。

「まったく、みんなどこ行っちゃったのかな?なっちも・・」


出撃したMS部隊の大半が難なく地上に降りるなか、
彼女もその例外に漏れず、バーニアを噴射させて、ゆっくりと地上に降り立った。


「敵は・・?」


おそらく迎撃に出てくるであろう敵である連邦軍のMS部隊に対抗すべく
彼女達が所属するエゥーゴのMS部隊が着地するなり戦闘体勢をとる。

「来たっ!!」

彼女の正面に現れたのは、かつてジオン軍が使用していた
グフ飛行試験型と呼ばれるMS。
ジオン軍が終戦間際に完成させたMSであり、
優秀な性能を所持していた為に、戦後連邦軍に接収されて使用されている。
そのMSが装備しているバズーカを放ちながら迫ってくる。

確かに敵のMSは高性能であったが、それは一年戦争、
つまり7年も前の話であり、彼女が現在搭乗しているネモから比べれば、
一世代も二世代も前のMSなため、所詮は彼女に歯が立つ物ではなく、
飯田に撃墜スコアを稼がせるだけのものでしかなかった。

それでも、味方も全くの無傷とはいかず、
不意を疲れたGMUやネモが、バズーカの破壊力によって撃破される。

味方の損害は大した数ではなく、
地球に降下したばかりで、不慣れな地上であるにもかかわらず、
数の優勢と、機体の性能を生かして次々と連邦軍のMSを撃破しつつ
アマゾンの森林を掻き分けてジャブローへと向かう。

すでに先行したガンダムmk-Uや百式を始めとしたエゥーゴのMS部隊は
ジャブローの洞窟内へと新入を開始していた。

「なっちは・・、何処行っちゃったんだろ?」

地上に降りてからの混戦の中で、僚機である安倍のネモを見失ってしまったばかりか、
彼女の部下達もはぐれてしまい、現在飯田に同行している味方機は
彼女の部下同様に指揮官機から逸れてしまったMSだった。
まさかばらばらに行動するわけにも行かず、
やむを得なく飯田がとりあえず彼らの指揮官として
ジャブローに突入することとなった。

わずか数十分後、彼女はジャブローのエリア1と呼ばれる地区の最北端にいた。
味方の主力隊は最前線で戦っているが、攻撃部隊の左翼隊を任されている飯田は、

当初の作戦どおりその場所に到着していた。

「とりあえず来たけど、どうするんだろ?」

飯田は思う。

ジャブローの抵抗が余りに薄いのだ。
この場所は地球連邦軍の司令部があり、最重要拠点にもかかわらず、
全くといって良いほど反撃が無さ過ぎる。

かつて彼女は連邦軍のパイロットとして、この場所で侵入してきたジオン軍、
それも赤い彗星が率いる部隊と戦ったことがある。
その当時、連邦軍にはMS部隊がほとんど存在していなかったにもかかわらず
優秀なMS部隊を装備したジオン軍を撃退したのだ。
それほどの抵抗力と戦力を持つジャブローのエリア1に、
彼女はあっさりと侵入できたのだ。

「なんか・・・。変だな・・」

同僚の安倍が付近におらず、また現在彼女に従ってついてくるMS部隊のパイロットも
彼女が知らない人物ばかりであった為、
話す相手もおらず、ただ一人呟く。

味方のパイロットの中には、一年戦争を経験した者が少なく、
この抵抗の無いジャブローを侮っている者もいるであろう。
そんな味方のパイロットに対して、飯田は一言言ってやりたい心境であるが、
この反撃の少なさを見ては、飯田の考えも説得力があるとはいえなかった。

「でも・・、絶対来る!激しい抵抗が・・・」

それは、もしかしたら彼女の願望であったのかもしれない。
一年戦争開始以来、戦いつづけてきた彼女にとって、
戦争とは切っても切れない縁がある。
彼女の長い髪と、そして体に染み付いた血と硝煙の匂い。
いくら香水を振り掛けても、シャンプーと石鹸で流したはずにもかかわらず
全く落ちることの無い匂い。戦いの匂い。

それが彼女の本能に戦い求めさせているのではないか。
そんな風に考えてしまう。

「カオリも、変わったな・・・」

思わず自嘲してしまう。
自分達を助けてくれた後藤を救おうとした純情な心。
中澤の戦死に涙した人の命を大切に思う心。
それらをどこかに置き忘れてきてしまったのではないか?
戦いの中でしか自分を表現できないのか?

もうすぐ三十路を迎えようとしている自分。
これでいいのかとふと思う。

「裕ちゃんも、こんな感じだったのかな?」

戦場、しかも最前線であるにもかかわらず、飯田は考え込んでしまった。
よく同僚が、そんな状態の飯田を『交信している』という。
そんな同僚に、『機械じゃないんだから!』そう言い張ってきた。
もっともこの状況では、満足に突っ込んでくれる人物もまわりにいなかったが。


そこへ、高出力なビームが飛んできた。





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